緑の底の底


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題名:緑の底の底
作者:船戸与一
発行:中央公論社 1989.10 初版
価格:\1200

 長編『緑の底の底』(書き下ろし)と中編『メビウスの時の刻(とき)』の2作が併載された、ハイ・コスト・パフォーマンスの1冊である。どちらの1作だけをとっても、そのへんのスカスカ本10冊分を軽く上回る高密度・高質量の作品に仕上がっている。まあ、このことこそが船戸与一という作家の最大の魅力なのかもしれない。張り詰めた異様な緊張感の持続。計算し尽くされたプロットとトリック。1人称の語り口による巧妙な物語の生成。あらゆる意味でスケールの大きな作家だと思う。

 『緑の底の底』は、ベネズエラの奥地への秘境探検に絡ませた、厚みのあるバイオレンス小説。幻の白いインディオを追って、一癖も二癖もある男女の群れがオリノコ川を遡ってゆく。この探検を通して、主人公である若者「ぼく」が、すさまじい陰謀に巻き込まれて変わってゆく過程は、名作『猛き箱舟』を彷彿とさせる。キャラクターたちも、まさに同形である。章を区切るインディオの歌も、細かい配慮に基づいており、最後にはその計算された配置が納得されるという作りになっている。

 『メビウスの時の刻(とき)』は、マンハッタンの冬に始まる、マフィア、ブラック・パンサー、アイルランド共和国軍(IRA)、バスク=祖国と自由(ETA)入り乱れての、モザイク小説で、かなりこった仕掛けになっている。文体をトリックに使った形としては逢坂剛『百舌の叫ぶ夜』があったが、複数の1人称によるモザイク小説の最大の長所をこういう風にも生かせるのだと思うと、小説の可能性の広がりを感じざるを得なかった。

 とにかく買って損のない本というのはこういう本のことを言うのだと思う。装丁だって奇麗だし、値段だって手頃だ。何しろロード・ショーの前売り券の値段です。ロード・ショーと違って、刻が経てばロー・コストになるということはないけれど、その点本というものはずっと所有することができるのだから、レーザー・ディスクやビデオ・ソフトに比べたら、安いでしょ?

 ぼくの愛蔵版の1冊です。

(1989/12/17)