銃撃の宴


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題名:銃撃の宴
作者:船戸与一
発行:徳間文庫 1984.6.15 初版
価格:\460

 船戸与一初期短編集。すべてアメリカを舞台にして、主人公は流れ者の日本人であるというところが興味深い。冒険小説の舞台として、森詠や逢坂剛と並び船戸が海外の辺境に題材を求めるのは、日本ではあまりリアリティのない銃撃シーンが作品の中に欲しいからではないだろうか。銃撃シーンを日本国内でふんだんに取り入れると、おそらく往年の日活無国籍アクション映画の様相を呈することになってしまう。冒険小説の生まれ育ちにくい土壌であるがゆえに、主人公たちは、海外の辺境に逃れたり、佐々木譲の如く過去に旅することになる。『銃撃の宴』という作品が収められているわけではない本書は、その名のとおりの活劇シーンを、アメリカの闇の部分に求めているのである。

 『白い蒸気の夜』はマンハッタンの安アパートから始まる復讐劇、『鬼百合の宿』はロスのチャイナタウンを舞台にした裏切りのドラマだが、他はすべて脱都会の物語である。

 『居留区の秋』はサウスダコタのインディアン居留地での、全米先住民族運動を背景に描かれた問題作。

 『帰郷者』は、アリゾナの砂漠が舞台。砂塵の向こうのメキシコ人部落が、やはりインディアン居留地を彷沸とさせる。

 『灰色の猟犬』は文字どおりグレイハウンド・バスが突然無頼漢たちに襲われることでスタートするアクション編。

 『老いぼれ殺し』はテキサスでの人間臭いどろどろしたドラマの裏に潜む、ちょっとスパイ物めいた話だ。

 『まだらの疾風』はアラスカが舞台だ。やはり追いやられたエスキモーが、インディアンの役どころを演じている。船戸の作品の背後には、いつも小数民族へのなにがしかのメッセージが込められているようにみえる。

 冒険小説というジャンルで短編を描くというのはとても難しいことなのだと思う。主人公への感情移入をあまり望むことができないし、ドラマのスケール自体がどうしてもミクロ的になりがちだ。この種の短編を読むにつけ、作家たちの苦心の息遣いが窺えてならない。作家によってこうした様々なハンディをどう処理しているのかが、明らかに違うので、ぼくにはたいへん興味深い未開のジャンルだといえる。

(1990/07/14)