有り金をぶちこめ




題名:有り金をぶちこめ
原題:Get Rich Quick (1996)
作者:ピーター・ドイル Peter Doyle
訳者:佐藤耕士
発行:文春文庫 2002.12.10 初版
価格:\743

 文春文庫の気のきいた企画、オーストラリア・ミステリ・コレクションの一つ。内容はクライム・ノヴェル。豪州のMWA賞とも言えるネッド・ケリー賞新人賞を本作で、最優秀長編作品賞を第二作でみごと受賞。順調に、しかも瞬く間に頂点に乗り出した作家というだけあって、本書の書きッぷりも新人とは全然思えない、堂々たるものがある。

人間はまともだが職業は無法商売という、町の小悪党みたいなビリーが主人公だが、何とも彼の一人称文体が魅力的だ。軽快で、ユーモラスで、それでいてへこたれない。痛めつけられたり、脅されたり、命の危機にさらされても、泣き言なんか死んでも吐かない。冷静、クールで、なおかつハートウォーミングな語り口をスタイルとして確立していて、愛すべき仲間たちに囲まれて、みんなでやりくりしながらともに生きているところが、まさに庶民的。たいへんに好感度抜群な小悪党なのだ。

この作品自体は、連作中編集である。つまり三つの中編が時系列順にいろいろと関わり合いながらも、おのおの完結した形で語られてゆく。最初の物語は1952年で、最後の物語は1957年。この後にもまだまだビリーとその仲間たちの新しい物語がスタートしても何らおかしくはない。できたらもう一度この世界にはまりたい。それほどにビリーたちのシドニーは印象に残るし、心地よくも、スリリングで痛快な世界なのだ。

競馬のノミ屋、音楽プロモーター、故買屋、ミュージシャン、悪徳刑事、その他。あまりまともではないハイな奴らが、常連としてビリーの世界を駆け回り、そのだれもが一癖もニ癖もある食えない連中。女たちの個性、存在感も見事で、思わず惚れてしまいそうになる。

実在人物の登場も遠慮なく、惜しみなく、といった豪放さ。ジョン・エドガー・フーバーがお忍びでやってきたり、リトル・リチャードやエルビス・コステロなど実在のアーチストがビリーたちと音楽ツアーをともにしたりと、なかなか娯楽スケールも大きい。作者自身ミュージシャンの経歴があるようで、ただの大法螺ではなく、ロックンロール、ステージの理想、といったところをハチャメチャ陽気にハイに描いている。頭が痛くなるほどぶっ飛んだステージ。いかれた出演者たち。

基本的にキャラクターの独創性で成り立っている作品である。どれもハイレベルな乗り乗り感とともにリズムを刻む。スリリングでビッグスケールな国際的謀略に対してだって、ビリーはまるで酒場の喧嘩に加勢するみたいに気軽に乗り込んでしまい、どこからでも上がりを掠めようとする。先のことなんて考えても仕方がない、やばいかもしれないがどうにかなるだろう、といった刹那的、楽観的な生きざまがあまりに快い。それでいて結局誰かが誰かに銃弾をぶちこむような危険な状況がビリーの周りではてんこ盛りだ。死体なんて日常茶飯事という状況と、自分は銃なんて撃たないぜ、というまるで善人のようなモラルとが同居してしまう、奇妙な庶民的小悪党。

リトル・リチャードのとても楽観的な歌のタイトルがそのままこの本の原題。戦後、人種差別や赤狩りのさざ波が遠くアメリカの方から寄せてくるのだけれど、シドニーのやつらはリッチになるために危険の渦中に飛び込んでゆく。大きな海を欧米との間に挟んだオーストラリアという大きな島国。そこに生きる悪党たちによる、大らかでとっても人間臭い世界がここにある。ご機嫌なビートに乗った犯罪ブギウギの傑作!

(2003.04.13)
最終更新:2013年04月28日 21:34