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血と夢



題名:血と夢
作者:船戸与一
発行:徳間文庫 1988.5.15 初版
価格:\560

 ぼくはデヴィッド・マレルは好きだが、映画のヒットにおもねたような『怒りのアフガン』は全く買っていない(映画もこれまでのランボーシリーズに較べるとひどかった。黒沢映画ではないがやたら金と人を使えばいいというものではないのだ)。まあ、同じようにパキスタンからソ連侵攻下のアフガンへと潜入する作戦を扱った小説としては、本作の方が遥かに出来がいいと思う。たまには日本小説だって誇れるときがあるのだ。

 アフガン事情というか、そのあたりの描写は『怒りのアフガン』でもある程度なされていたような気がするが、この小説ではそのあたりがむしろ大テーマになっていて、作品全体に一本、きりっとした筋が通っている。ううむ、しかし同時にマイナスもあるのだ。なんというか、それはサービス精神が旺盛過ぎることかも知れない。船戸にしては小数派である三人称による他面性文体なので、性格描写をドラマティクに書き過ぎるきらいがある船戸の文体では、小テーマが多すぎるかもしれないのだ。

 アフガンのムジャヒディン(戦士)、ソ連の愛国的武器開発者、CIA、DIA、G-2、KGB、そして主人公の非合法員(イリーガル)。彼らのすべての心情と状況とをあまりに親和的に描きすぎる故に、ぼくらは他面体を冷たく見つめる読者とならざるを得ないのだ。同じ他面的な描写でも、フォーサイスにしろヒギンズにしろ、ある特定の主人公(ヒーロー)に最大の焦点を合わせているように思われるのだが、船戸の視点はそういう意味では落ちつきがない。主人公と思われた日本人非合法員(イリーガル)でさえも、大きな船戸ワールドの一つの駒に過ぎなかったのだから・・・

 そして『神話の果て』に代表されるような被圧迫民族の底力が凄い。そして最後までアフガンの孤高の戦士たちに傾きかけた船戸の情愛を、ぼくらは認めざるを得ない。船戸はいつでも誇り高き底辺の民族に同情的なのだ。『非合法員』も『伝説なき地』も同様である。

 船戸にしては抑制の効いた翻訳小説のような文体。古い作品だが、日本にもこれだけの作品があるのだと、今更ながら頼もしく感じる。『猛き箱船』『夜のオデッセイア』とは一線を画した作品で、堅固な資料を元にした硬派の冒険小説である。船戸作品というのは二種類あるのだなと改めて実感させてくれる作品。まあ横綱級の小説である。

(1991/04/24)