焔火




題名:焔火(ほむらび)
作者:吉村龍一
発行:講談社 2012.1.5 初版
価格:\1,500



 本作は第6回小説現代長編新人賞受賞作であり、選考委員である花村萬月・角田光代という両作家のコメントが本の帯に印刷して巻かれている。さらに帯の正面に太文字で描かれたセンセーショナルな言葉『生きることは殺すこと』。

 そもそもが書店で手にとったのは、新作の『光る牙』。日高を舞台に羆との対決を描いた山岳小説とのお触れだったので興味を引かれのだっがが、自衛隊出身の肉体派作家を売り物にしたこの新人作家がそもそもどうやって出てきたのかというところで、このデビュー作からしっかり読んでみようと思ったのだ。

 というわけで本書を紐解くと、「生きることは殺すこと」と能書きを与えるほどには、強烈なバイオレンスに彩られた作家ではなかったので、安心した。むしろ昭和初期の不条理なまでの貧困の中で、荒み切った人心が産み落とした差別や暴力の、むしろ被害者ですらある主人公が、社会というものから追われて、山から川と、東北の大自然のなかを、逃げゆく物語である。

 ゆく先々で、その時代や社会を象徴するが如き、一癖も二癖もある人物たちに邂逅しながら、主人公は純粋な人恋しさの中で信頼すべき人、守るべき弱者と手を取り合う。心のふれあいは、世界の最も深い底の闇の中で生まれ、沸き立つ。人間の命の渦潮を抱き込むが如き文体に、やられる、やられる。この作者ただものではない。

 大自然の中を逃走し、最後には活劇シーンと言ってもいいような山岳の死闘がクライマックスとして待ち受けるのであるが、全編に漂うものは暴力を軸にした戦いの物語ではなく、純粋な心に支配された若き主人公・鉄の、祈りの敬虔さと犠牲的な精神に裏打ちされた肉体の酷使が絞り出す、運命の導きにも似た神話的世界を旅する物語である。

 漂白と言った言葉の持つ透徹した厳しさを、この小説は徹頭徹尾貫いており、ストイックで簡潔な文体が、容赦なく、過酷も、愛も、紡ぎ出す。物語力というパワーを存分に感じさせる作者デビュー作。

 この極限の世界に導かれる読者は、いわば驚愕と感動を約束されたようなものである。

(2013.04.28)
最終更新:2013年04月28日 15:28