バニー・レークは行方不明


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題名:バニー・レークは行方不明
原題:Buny Lake Is Missing (1957)
作者:イヴリン・パイパー Evelyn Piper
訳者:嵯峨静江
発行:ハヤカワ・ミステリ 2003.3.15 初版
価格:\1100

 「黄金時代と現代との間には翻訳の不遇の時代がある」これは本書の解説で紹介されたことがらなのだが、バーネット、バリンジャーとここにきて半世紀ぶりに翻訳が陽の目を見る作家たちを見ていると、まだまだ発掘すべきミステリーの空白地図を埋める娯しみは残されているように思う。本書は1957年の作品。87分署シリーズが1956年スタートで、いずれもその時代のチャレンジ精神を伺わせる当時としての前衛表現を思わせるものがある。

『ミス・マガ』アンケートのミステリ映画ベスト10では、この作品は未訳原作部門第9位であったらしい。ビデオもDVDも本国にすら存在せず、邦訳原作もない作品がなぜランク入りを果たしているのか興味を覚えるところだが、この原作を読んだ限り、おそらくこの表現力によって生じるサスペンスの豊かさは、映画を凌駕していたものであることを想像させる。

タイトルが表現しているよりもずっと暗黒小説に近い匂いを持った作品である。ラストの仕上げ方という点では、ノワール本来のあり方とは少し離れて謎解きものに落ちついてゆくのだが、それにしても奇妙な最終行であることにはかわりがない。本来味わうべきはそこに至るまでの狂った時間帯だろう。母親の脳内世界の崩壊を不気味に描いて、どろりとした夜の底をゆく怖さがある。

夕方、保育所に娘を迎えに行く母親。朝預けたはずの娘がどこにもいない。保育所の誰も娘のことを覚えていない。入園の記録もない。アパートには娘の服も歯ブラシも存在しない。娘の存在がどこからも消し去られていて、警察は捜査にもならない。母親だけが一心不乱に自分の娘を捜し歩く。狂気のような一夜の決着はどうつくのか予想もつかない。

混乱と緊張が連続し、徐々に狂気の内側に取り込まれてゆくような心理的同調感を覚える。母親が出くわす登場人物たちにも奇妙な感覚が感染してゆくために、だれもが何かをやらかしそうな破滅的気配がつづく。ぴんと張りつめた謎の糸。次第に暴力の気配が漂い始める。血と銃。最後の最後までロジックを度外視したような深夜迷宮。読み出したら止まらない。

途切れなきサスペンスの夜が始まることを請け合いたい。

(2003/03/24)