白い恐怖




題名:白い恐怖
原題:The house Of Dr, Edwardes (Spellbound)(1927,1928)
作者:フランシス・ビーディング Francis Beeding
訳者:山本俊子
発行:ハヤカワ・ミステリ 2004.02.10 初版
価格:\1,200

 ポケミス名画座シリーズ、ヒッチコック作品として知られる『白い恐怖』の原作、というより「原案」となったのが本書。映画キャプチャーでは "Suggested by ……" となっているそうである。なので映画とはストーリーは大きく異なる。

 この小説が、どういう作品であるかというと、ぼくにとっては極々最近読んだばかりのデニス・ルヘイン『シャッター・アイランド』に酷似している。あちらは島だが、こちらはフランス・アルプス山中の精神病院。そして人里から隔絶された閉鎖空間に赴任した女性医師の恐怖を、悪化する状況のなかでじわじわと描いた湿度の高い作品である。

 長期休暇で不在のエドワーズ院長に代わって先に赴任しているのがマーチスン医師。彼の出来自体が既に怪しげで、仕掛けの構造を最初から暗示させることで、読者の側のスリルだけをぴんと張らせておき、そこにさまざまな小道具を仕掛けてくる。小動物の死体、深夜の人影、森の中の集会などなど、徐々に仕掛けは強烈さを増し、ラストの突破口へ向けて走り出す。

 何よりも精神病院の患者たちの個性が、まるで『カッコーの巣の上で』のように個性豊かで、印象深く、それぞれの心の壊れ方がなんとなくユーモラスで人間的である。過去を引きずって壊されてきた魂たちと女性医師の交流のシーンが、このあまりにも古い時代に作られた物語を今の時代に普遍的に運び込んでいる。

 これらの人間描写がなければ、本書は後半の冷酷な成り行きだけに終わってしまい、冷え冷えとした印象を残すにとどまってしまっただろう。そしてプロローグとエピローグで見せるウイットやユーモアでこの暴力的なスリラーがサンドイッチされているからこそ、人間劇としてヒッチコックが取り上げたくなったのではないだろうか。ヒッチコック映画の中によく見る類の、主人公や犯人のなかにある心の傷であるとか、癒しであるとかいった葛藤部分は、怖く残虐な物語には是非埋め込まれていてほしいと願う。本当の人間の怖さはホラーではなくノワールのほうで事足りているから、自分にとっておそらく不要なのだと思う。

 ともあれ、本書は1927年というあまりにも古い時代に生まれた、本当に古臭い作りの小説である。いや、しかしその古臭さからこそ、味わいの深い恐怖が生まれるのだ。スリラーの原点として読んでおきたい一冊である。

(2004/05/16)
最終更新:2013年04月28日 11:07