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殺しの接吻




題名:殺しの接吻
原題:No Way To Treat A Lady (1964)
作者:ウィリアム・ゴールドマン William Goldman
訳者:酒井武志
発行:ハヤカワ・ミステリ 2004.06.15 初版
価格:\1,000

 【ポケミス名画座】とは未翻訳の映画原作に対する翻訳希望ランキングであるから、ここでランキング入りした作品は、映画作品そのものもそこそこ素晴らしいという想定は容易にできるのだけど、映画はさておいてこいつの原作を読みたいと言う欲求があっても不思議ではないだろう。本作品はサイコ系スリラー映画として売り出したそうだが、原作の方の展開はというと、そもそものゴールドマンが書きたいと思った作品モチーフのところから違っているらしい。

 本書はちょうどマクベインの87分署シリーズスタート後8年と、ペーパーバックにおける警察捜査小説も油の乗った時代であり、原作もどこかその匂いを漂わせていることは間違いない。犯罪は連続美女絞殺事件であり、スタイルは警察を挑発するタイプの劇場型犯罪。メディアに自分の犯罪が掲載されることをこよなく楽しむ愉快犯である。映画に描かれていないのは、この連続殺人に対する模倣犯の存在だそうだ。

 実際にあったボストン連続殺人事件のさなか「犯人は二人いるのでは?」という報道にヒントを得た作者が、冷酷とコミカルとを綯い混ぜながら作り上げた娯楽クライム小説なのだが、なんと言っても、徐々に描かれてゆくのが犯罪者と刑事の両者の暗黒面である。このあたりあの『グルーム』のヴォートランを思い出させる、黒い喜劇の様相を呈する。

 それらの暗黒が骨の軋むような音を響かせながら裂け目を見せるのは、警察らしからぬ犯罪への落とし前の付けかた、つまりラストシーンである。獣ともう一匹の獣の対峙した構図を描くことによって、犯罪者そのものよりも人間の底に潜む破壊的な欲望、残酷さ、狂気そうしたものを抉り出し、ぶちまけている印象がある壮絶な小説。

 作者のゴールドマンはシナリオライターとの二足の草鞋を履き、そちらの仕事では『明日に向かって撃て』『動く標的』『ホット・ロック』『マラソンマン』など、よくよく考えればクライムやノワール作品を多々生み出している映画作家である。その一方で、『マジック』『マラソンマン』など原作小説も先に書いているところが異色なのである。とりわけ皮肉なのは『殺しの接吻』が珍しく他者の脚本で映画化されており、ストーリーさえ変えられてしまっていること。それにも関わらず(あるいはそれだから、か?)原作が読みたい映画ランキングに入れられていることであろう。

 娯楽小説としては一級でありながら、手触りに何とも違和感が残る。作品が持つ容赦のなさに、ノワールの背骨が通っているせいだろうか。

(2004/12/21)