沈黙の町で





題名:沈黙の町で
作者:奥田英朗
発行:朝日新聞出版 2013.02.28 初版
価格:\1,800



 つい最近、宮部みゆきが超長編大作『ソロモンの偽証』で、中学生の屋上からの転落死を扱ったばかりだと言うのに、奇しくも時を経ずしてこの本が同じ題材を真っ向から取り上げたのが、不思議である。この題材でなければ、ぼくもこの作品を手に取らなかっただろう。

 両作品間の共通項は、多い。両方の作品を読み比べて、世の中の中学生の死、その背景に潜むいじめ、親子関係、教育期間の問題などを取り上げれば、切りがあるまい。双方が、事件(あるいは事故)を通じて、事件現場である中学校を中心にした社会に広がる波紋を取り上げている。事件(あるいは事故)そのものよりも、むしろその波紋の見せる水脈の陰影の濃さをこそ小説の深みとして抱いている気配すら感じられるくらいだ。

 宮部『ソロモン』が見せたと同じように、本書も群像小説の切り口を持つ。特定の主人公ではなく、関わり合う生徒仲間、教師、刑事、検事、父兄などなどの眼線で、物語は構築されてゆく。まるでひとつの町の回転軸となった中学生失墜の遠心力によって、流動的に動かされる360度どこにも隙のない小宇宙みたいに。

 そもそも、奥田英朗という作家が、あまり特定主人公を主体に書く作家というタイプではない。特定主人公を設定したとしても、それはあくまで狂言回しでしかなく、ドラマを回転させる推力となるのは、市井の人間たちであり、彼ら彼女らが巻き起こす悲喜劇こそが、奥田の格好な題材となっているように思える。

 『最悪』など、幾人かの人間たちが追い詰められることによって、交錯し、爆発する作品はまさに特定の人間というよりも、社会の各方面に偏在する人々によって巻き起こされる偶然の悲喜劇であり、誘発される爆発エネルギーである。潜在した不満や欲望を大きな浮力にして界面に大きな氷山のように浮上するパワーみたいなもの、というべきか。

 本書は、宮部の語ったものと似て非なるものであることは言うまでもない。独創的な題材ではなく、今ではむしろ平凡とされているのかもしれない中学生のいじめや自殺という題材をもとに、人間の成長の初期変容段階であるのかもしれない年齢層の異常な行動と、これらが惹起する社会的な風紋とを平易な語り口で描き切るところに作家の魅力がある。

 平凡でありながら、一つ一つの死の持つ重さを認識させられる個の力。それらを見逃さずに述懐する奥田文学の力がこの小説に結晶しているかに見える。地味な市井の人々の思惑と行動で綴られたこの本は、一旦手に取るとかなり離し難い面白さに満ちており、あなたの中に多くの共感や困惑を呼び起こすに違いない。

 まずは人間の心理と事件の真相をめぐって、人間の愚かさと力強さとを再確認して頂きたいと想う。すぐれた人間絵巻が、ここにある。奥田作品の中でも代表作になりそうな力を秘めた一冊である。

(2013.03.03)