模倣犯






題名:ソロモンの偽証 第I部/第II部/第III部
作者:宮部みゆき
発行:新潮社 2012.8.25,2012.9.20,2012.10.10 初版
価格:各\1,800

 本作は、大作青春小説『小暮写眞館』の流れを引き継ぎつつも、ミステリーへの帰還をしっかりと果たした作品である。ただし、大作度はより加熱して、重量級の枚数を誇る700ページ超×3作(3部構成)といった驚愕作品。まるで読むバーベルだ。

 『このミス』で2位に輝いたほどにミステリ馴れした読者の評価を得た作品ではあるけれど、多くは、この作品の持つミステリー的な要素そのものよりも、この長大な横綱ばりの力作とその完成度の高さにこそ、舌を巻いた口が多かったのではないだろうか。つまり、ジャンル上はミステリーに分類してみたものの、ぼく自身でもこれはミステリーという狭義のジャンルではなく、社会派青春群像小説ではなかろうか、といった読後の感想を持っているからである。

 事件は、クリスマス・イブの雪の夜に発生した。東京のホワイト・クリスマスというのは確率的にとても少ないのだが、ともあれ作中、雪の積もった中学校で真夜中に屋上から転落したのは、その学校の二年生男子生徒の一人。

 事件の骨格はこれだけであり、通常なら2000ページ超の大作になることは考えにくいのだが、この事件を発端にして、街のすべてを巻き込んだような騒動となってゆくのは、本件が自殺か事件か事故なのかが、最後までわかりにくいことに端を発する。疑いのかかる不良生徒たち。真偽のはっきりしない告発文。それらに対応するメディアと、これらに振り回される関係者たちの動き。などなどによる騒動の拡大がこの物語の展開なのである。

 青春群像物語と書いたが、主人公たちは中学生たち数名である。しかしながら、事件が巻き起こし、思いのほか拡大してゆく波紋は、多彩な登場人物のさらなる複雑な相関関係を生み出してゆくので、実際には実に多くの子供たちと大人たちの人生ドラマの集合体みたいな物語に発展してしまった小宇宙のような世界でもあるというのが本当のところである。だからこそ、の超大作であるのだけれども。

 雪の日に幕を開けた事件の模様が、年を越え、告発文とともにメディアに照準を捉えられるあたりから、各方面に飛び火する。悲喜劇と言うだけでは済まされず、事実、騒動の拡大による被害者さえも登場する。

 そんな中で、何よりも多くの中学生たちの、それぞれの心の動きを描き切ったところが見事である。教訓めいた語調などはどこにもない代わりに、決して親が教えてくれない種類の試練の数々を、彼らは事件を通して否応なく味わわされる。そしてそれは途轍もなく現実に近いことでもあるのかもしれない。

 人間関係図はさほど複雑ではないものの、キャラクターたちのそれぞれの心の裏側へのアプローチが容易ではない故に、最後には学園法廷といった途方もない舞台設定へと収斂してゆく。真犯人を追い詰めることではなく、警察や学校などの大人たちによって曖昧にされて終息させられてしまった事件の、あらゆる陰の部分、本当の部分を明らかにし、それぞれの喉にひっかっかった事ごとを、一つ一つ嚥下しては消化してゆくという作業を行うために、中学生と一部教師の発案により、学園法定がにわかに出現することになる。

 厳密な法廷(リーガル)サスペンスは違うものの、ほぼ全編法廷内に絞られる第III部では、読みごたえとしてはそれに近い部分があって、読書の醍醐味といったところを味わうことができる。

 事件を解決するミステリーとしては、真相らしきものも、うすらうすらと見えてくる中、謎解き要素にはいささか乏しいものの、群像ドラマとしての一人一人の心の謎解きプロセスには、相当の読み応えがあると思う。

 実際に本を手に取れば、ノンストップで読みたくなる楽しみに満ちた作品でもあり、それは宮部みゆきという作家の腕力によるところが当然ながら大きい。平易な文章。リズミカルな会話。奇想な展開。等々。

 作家としてのライフワークにすら見えるほどの、このエネルギッシュな力作に、かつての『模倣犯』『火車』などとの共通点を感じ取ることのできる、宮部クロニクルの中では、とてもエポック・メイキングなこの三冊。読書好きを標榜する人ならば絶対に見逃すべきではないだろう。

(2013.2.13)