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日本のセックス





題名:日本のセックス
著者:樋口毅宏
発行:双葉社 2010.4.25 初版 2010.7.13 2版
価格:¥1,800



 どうしようかなあ、というのがこの本に対する最初の直截な思いである。まず、こんなタイトルの本を買うのか、という自分への問いかけ。さらに、ブック・カバーを極端に嫌うぼくにとって、この本をちゃんと携帯し、人々に怪しまれずに済むのか、という心配。そう、いかなる時であれ、自分の読んでいる本を恥ずかしむことなく、カバーをつけぬ主義主張もさすがにこの本のタイトルには少々なよなよと挫けそうになる。

 読み始めると、いきなり雑誌主催の濡れ場のシーンが連続する。いきなりの濡れ場連続で本書は始まる。その先が心配になるくらい。
 人妻である容子は、旦那の佐藤からは他人とのセックスを奨励されているらしい。これまで300人ほどの男たちと姦らされているらしい。佐藤は、こうした異常な行動により彼女への愛を持続することができる変態なのだ。その異常性欲の輪はスワッピングパーティを通じて、さらに広がってゆく。変態たちの生態は、性の変節ばかりではなく、人生や恋愛の異常な追求というところにまで及んでゆく。

 それ故に、本書は官能小説には堕さず、人間喜劇とでもいうべき、現代文明の切り口として、異様に優れたしかしあくまでもフリークであることをやめない特異な樋口ワールドとして完結してゆく。この作家のどの作品にも共通する通り、独自のノン・タブーぶりと、過激すぎるバイオレンス、そこを橋脚から固めてゆく強烈な筆力というところは、こんなふざけたタイトルの作品であれ、しっかり継承され、存在感をきりりと放っているのである。

 一連の性描写の後に続くバイオレンス、そして法廷闘争を通じての騙し合い、化かし合いは、大物政治家までをも巻き込んでゆくことにより、さらに巨大化し、イメージは、戦後から平成にかかる日本現代史にまで広げられる。どこがセックス小説なのか、と言わんばかりに、逸脱は拡大する。圧倒的な人間史観を一人の女性の官能的小説という形で、神託してしまった作家・樋口毅宏の力技は当分どこまでも続いてゆきそうだ。

 この作家、編集者としてのキャリアを持つらしい。だから本ということの逸脱の仕方も知悉しているのだろうか。作者紹介欄に「1971年にセックスで生まれる」と書かれた本書。隅々にまで目を通さないと何が隠されているかわからない、どす黒い玩具のような一冊である。

(2012.08.17)