非合法員


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題名:非合法員
著者:船戸与一
発行:徳間文庫 1984.02.15 初版
価格:\520

 船戸のデビュー長篇。例によって国籍不明の小説である。舞台は、メキシコ。そしてロサンジェルスへ。全編船戸らしい暴力と裏切りの力学でつらぬかれた、息つくひまもない追跡と逃走のドラマ。

 船戸の作品にはいくつかの際だった特徴がある。ひとつには皆殺しというスタイル。まず登場人物の90-100%が間違いなく非業の死を遂げるのである。なにもここまでやらなくてもと思うほど徹底して、あらゆるキャラクターが死んでゆく。それは主人公であろうとあまり例外ではない。

 もうひとつにはキャラクターたちの性格の悪どさ。どぎついほどの悪意を秘めた人間たちが常に描かれている。船戸作品の底流ともいえる性悪説的なキャラクター設定。悪ゆえに、欲望ゆえに滅びてゆく者たちの愚かさ。

 そして最後にこの作品でも描かれるインディオの原始的な民族主義の強さ。船戸作品の背景には砂漠や山や樹海が描かれることが多い。それとともにインディオに代表されるような自然の共存者たちが描かれることも多い。まるでインディオたちは自然の一部、背景の一部でさえあるかのようだ。そして常に船戸の眼は、インディオたちに対し優しい。インディオは決して滅びず、そこに文明の国から欲得ずくの悪党たちが侵入してくるところから、たいてい船戸の物語は始まってゆくのだ。

 本作はこれらすべての特徴をクリアしている。まさに船戸のエッセンスを満喫できる一篇である。これがデビュー作だなんてとても思えないほど、文体はこなれている。物語作者としての特質を十分に感じさせてくれる力作である。

(1990/06/11)
最終更新:2006年12月10日 23:25