限界集落株式会社





題名:限界集落株式会社
作者:黒野 伸一
発行:小学館 2011.11.30 初版 2012.2.5 4版
価格:1,600


 限界集落とは、人口の50%以上が65歳以上の高齢者で構成され、運営維持が困難となった集落のことを指す。かつては過疎という一言で人口のみに注目されていたが、現在では国家規模での高齢化・少子化に伴って、人口のうちの年齢分布に焦点を当て、未来への維持存続可能性というところに注目した観点であろうと思われる。

 実は北海道で住んで頃は、この概念はごく当たり前に道新紙面に日常的に登場していた。実際、北海道の山野を走ると、ときどきこうした限界集落に行き当たる。疎らに建つ崩れかけたような古い農家と、人っ子一人歩いていないアスファルトに、鳥や蝉のかまびすしい声。めまいがするほど静かでひそやかな村に、細々と営まれる畑地。極度な寒村をいくつも通り過ぎるのが、北海道の地域営業の日常なのである。

 本書は、そうした限界集落に注目した小説である。限界集落は存続が危ぶまれる集落であるのだが、この作品は、限界集落の存続(という言葉は既に矛盾しているが)を求めて動き出す人々のドラマである。

 もちろん限りなくヒューマンであると同時に、経済的観点からは非常に現実的でドライでクールな手腕が行使されねばならず、その中心軸に立たされる若者は、相応の苦悩を味わうことになる。都会と田舎の境界をまたぎ超え、どちらの文化も知った人間は本来現実には多くないと思う。北海道の離島と東京の中心の双方で仕事をした人間があまり多くなかった現実の中で、その双方格差に曝されていたかつてのぼくは、常々それらの境界線の中で立ち止まり、煩悶したものである。

 異文化の中央で何かをすることの大変さがこの小説から極度に浮き立って見えてしまうのは、ぼくという読者の側の特異な経験によるものだろうと思うが、本書はけっこう売れているように見える。どこの書店でも長期間にわたって、この本は平積みされているし、それを読む人は一般的に、異文化の境界に立たされたことのある人たちではないはずだ。なのにこの本が読まれるということは、限界集落という問題がとりわけ異国の問題ではなく、日本全体の直面している、ある種のプレパラートで、それを覗き込む顕微鏡が、きっと本書なのだ。

 顕微鏡を除いたからと言ってそこには答えは説明書きで書かれてはいない。あるのは個々の細胞がさまざまな理由により動き合体離反を繰り広げる光景のみだと思う。それらを淡々と観察しつつ、ぼくら読者の側が選択を迫られる、そんなイメージがこの小説である。異なる文化に接し、生き方を選択できる者の幸福を味わいたい。選択とは、いつも困難なものであるのだが、そうした岐路に立つという行為こそが、人生においては、いつも必要不可欠な一事であるからである。

(2012.8.17)



最終更新:2012年08月17日 08:56