絆回廊 新宿鮫X




題名:絆回廊 新宿鮫
著者:大沢在昌
発行:光文社 2011.6.10 発行
価格:¥1,600



 10作目にして、鮫島シリーズは何を刻み込もうとしたのだろうか? そんな思いを胸に、長いシリーズの最新作を、一年遅れという体たらくながら、ようやく手に取る。

 本作のトピックスは、出所したある男が警察官を付け狙うという復讐の構図である。とても深いわけがあって、どうしても射殺したいという復讐の思いが強く、しかし残忍な殺し屋ということではどうやらないらしい。古い任侠の文化を背負って、浦島太郎のように娑婆に出てきた初老の悲哀を身にまとっている。

 一方、鮫島は、晶のバンドが薬がらみでマスコミに騒がれている状況を気にかける。群がるマスコミと晶にまで迫ってゆく疑惑の雲。

 公私に渡り、じわじわと迫ってゆく、のっぴきならない状況が、ドラマを呼び、その書きっぷりが熟練の技である。

 どうも大沢はシリーズではそこそこの傑作をものにするものの、単発ものではどうも今一つ乗れないところがある。最近はむしろ短編で味を出したりと、不安定な部分と円熟味を増した部分が交互に訪れるきらい、多分にあり、なのだ。

 そもそも大沢という作家にも新宿鮫というシリーズにも今一つ愛着を覚えずにここまでただただ併走してきてしまったのだが、中に突然変異的な傑作が見つかるから、この作家は捨て難いのである。

 本作は突然変異とまでは言わないまでも、シリーズの、かつて子供だましのようであった男女関係まで含め、変貌を遂げたその成熟ぶりには安心して身を預けられるという意味で、傑作と呼んであげたい充実ぶりは少なくとも見られると思う。

 複雑な言い回しをしてしまったが、この作家とぼくという読者の間の複雑で、表現し難い苦々しい距離を少しでも物語ることがぼくにとってはとても重要な気がするので、ご容赦願いたい。

(2012.08.16)
最終更新:2012年08月16日 16:36