K・S・P 噛む犬





題名:K・S・P 噛む犬
作者:香納諒一
発行:徳間書店 2011.01.31  初版
価格:\1,800


 10作続くという、シリーズは3作目。毎作毎にどんどん良くなってゆく感じがする。

 しかし、本来の荒削りな香納諒一の味わいというのは最近の小説には感じられなくなってきていて、むしろプロットのディテールにまで拘った、完全主義的な凝った小説作りが前面に出てきていることが、この作家にとってはていいのかな? との疑問も感じる。いわば小説の技に走っているのかな、という点で、本来この作家の作品に必ずあった情感のようなものが、謎解きや凝ったプロットの後ろに隠れて優先順位が低めらたように感じられていたのだ。

 このK・S・Pシリーズは、スキンヘッドの刑事という捜査上聞き込みなどでは相当不利だろうなあと思われる強面おじさんを主人公にした、歌舞伎町特別分署の物語である。分署というだけでエド・マクベインの『87分署』を思わせるが、もっともっと凝った話になっているのが、このシリーズであり、この作者なのである。

 成熟した警察小説という意味では、相当の読み応えであるし、ストーリーも奥の深さをしっかりと湛えており、力が入っている。分署ものというには少し大がかりな嫌いがあるが、現在の作者は軽いものは残念ながら書こうとはしていないようだ。

 読む側にとっては少々しんどいので、最近の海外小説みたいに、内容は優秀だが重過ぎて売れない、って傾向にならなければいいが、と心配する。ぼく自身、最近はこれほど綿密に文字数やページ数を費やさずとも十分に人を感動させる警察小説を書いている作家に何人も出くわしているので、この手の正攻法というか、海外ミステリばりの重たさを感じさせる作品がしんどくも感じられる。

 でも、さすがにストーリー、プロット、人物たちの描写は見事なのだ。特にチームを率いる向井貴里子の女性ならではのハンディと男たちとの軋轢、先輩女性刑事の死という心の負担をいかに処理して、一皮向けてゆくかといった成長プロットが素晴らしい。

 さらには引退した助川という組長は、実はこれぞ香納諒一の世界に活き活きとして書かれてきた素材という意味でとても懐かしい。また江草綾子という小料理屋の女将は魅力的で忘れ難い。

 複雑なプロットに埋もれそうになっているこれらの人物一人一人の人生を物語るだけでもいい仕事になるような気がする。スケールを縮小して、もう少し庶民的な地平にこの作家には戻ってきて欲しいと思うのはぼくだけだろうか。香納諒一という作家がそうした弱い側の論理を描くことにとても長けていることを知っているだけに余計にそう思う。

(2011.05.09)
最終更新:2012年01月25日 01:38