優しいおとな





題名:優しいおとな
作者:桐野夏生
発行:中央公論新社 2010.09.25 初版
価格:\1,500



 イラスト入りの本であることが珍しい。小説とイラストが完全にマッチしていることも珍しい。読売新聞土曜日版に連載されていたらしい。そのときのイラストをふんだんに使ってくれたのかな。いずれにせよ、とてもいい。

 時は近未来。経済も文化もどこかで破綻してしまっているらしい日本。荒廃した渋谷エリアを舞台に、浮浪児の自分探しの旅を描いた、少し緊張感のある小説である。ちょうどオーストラリアあたりでは、マッドマックスが暴走族集団を血祭りに上げている頃なのかもしれないし、アメリカでは人工臓器を回収するレポメンたちが支払未納者の腸を抉り出している時代なのかもしれない。マンハッタン島は全体が刑務所として封鎖されている時代なのかもしれないし、北陸ではハルビンカフェを中心に海市全体にアジア中のマフィアが死闘を繰り広げている時代なのかもしれない。(以上は、近未来の映画や小説をお遊びで列挙しただけなので気にしないでください)いずれにせよこの物語の舞台はあまり説明はなされていないものの、救いの見えないある種の世紀末である。

 しかもそのような救いのない暗い状況が、子供たちに与えている過酷な試練に視点を集約した小説でもある。孤児たちは当座の食糧を得るために日々を、獣のように過ごし、精神を殺し、夢を忘れ、愛を諦め、無味乾燥にサバイバルのみを目指そうとする。まともにものを考えぬことにより、自分の精神の崩壊を必死で守り、ただ今日も一日を生き延びることのみを、ひたすら祈り続けているかのように見える。

 自衛策を取る公園のホームレス、その中でもマムスと呼ばれる母子ホームレスの一団、巨大な地下で生きることを決めた地下生活軍団、川の流れに沿って生活の舞台を移す河川放浪の民。さまざまな餓えた都市生活者たちのサバイバルの状況を目撃しながら、時に巻き込まれ、時に助けられながら、少年イオンの旅は続く。

 著者としては『冒険島』に続く近未来東京シリーズの第二段という括りになるのかもしれない。本当にはないが近い未来にならあっても不思議じゃない世界設定と、そこで研ぎ澄まされる人間のいくつもの類型パターンを浮き彫りにし、愛を求める子供たちの本能のかたちを改めて見据えようとしているように思える。

 どこに辿り着くのかわかりにくい物語だが、その行方は破天荒に過ぎるように見えながらも、最後にはきっちりとすべてが集約し、明日以降に何ものかを見出すべき地点へと着地してゆく。

 驚くのは巻末の参考文献の多さであり、そこで目立つのは、家族、虐待、愛着、児童、といった、何も近未来でなくても現在、存分に直面している現代日本の問題を的確に捉えた作品の方向性を示す文献リストとなっている。

 近未来というかたちで、誇張され、研ぎ澄まされてはいるものの、そこに抉り取られ提示されたテーマは、現代のぼくたちに突き出された未解決の問題ばかりであるような気がし、改めて本書の重みを感じさせられる。

(2011/01/30)
最終更新:2011年01月31日 01:00