犬の力






題名:犬の力 上/下
原題:The Power Of The Dog (2005)
作者:ドン・ウィンズロウ Don Winslow
訳者:東江一紀
発行:角川文庫 2009.08.25 初版
価格:\952

 ドン・ウィンズロウ!

 なんて、久しぶりなんだ。

 ニール・ケアリー・シリーズがなんだか呆気なく幕切れとなってしまった(らしい)シリーズ最終作『砂漠で溺れるわけにはいかない』以来の日本お眼見えだったか。それが1996年の作品。本作は2005年の作品。ウィンズロウの上にその間9年の時間が経過していたのか。なんと!

 だからというのじゃないだろうけれど、ニール・ケアリーのシリーズとはまた違った空気。違いすぎるくらいに。作者名を伏せたらすぐに回答が出ないくらいに。その代わり全部読み終えたら、何となくわかりそうな気もするけれど。独特のテンポ。音楽的な語り口は、柔らかな青春スパイの日々を描くにしても、血も涙もない皆殺し現場を描くにしてもあまりにリズミカルで淡々と淀みがない。

 しかしそれだけではない。何かが違う。透明感はそのままだ。しかし透明感は、ぴんと張り詰めた鉄線のように危険な匂いがする。ひりつくような熱気が血のような鉄分のにおいを運んでくるのかもしれない。とにかく決定的な部分でウィンズロウの物語世界はよりハードでタフな方向に色合いを変えた。

 それも本作の場合、大河小説でもある。作者の最長編記録であることは言うまでもない。三人の同郷の男の人生を幼少の頃からそのいずれかの死に至るまで(正確には殺し合うことになる)の腐れ縁を延々と描いたビルディングス・ロマンだ。その間、殺し合いや追跡や逃走や化かし合いや、恋人の獲り合いや、裏切りやらが山ほど積み重なり、それらばかりが淡々と、ただただ裁くの獣たちの獰猛な闘いみたいに、ばかみたいに繰り返されるのだ。本当にばかみたいに。

 アート・ケラーはDEA捜査官、パレーラ兄弟はヤクの元締め。片方には正義、片方には無法の自由と金があり、お互いに凌ぎを削ってサバイバルを繰り返している。他には何の人生も残されていないみたいに。他には幸せの選択肢なんてどこにもないみたいに。

 それにしても死闘で築き上げられた一台国境絵巻。こんなタフ・ワールドを書く作家ではなかったよな、というのがウィンズロウに対する今までの勝手な解釈だった。ところがどっこい、奇なんか少しもてらわずに、まったくストレートに物語を語り続けることのできる人だったのだ。けれんみも何もなく、本当に特徴なありゃあしない。ただただ銃をぶっ放して、鮮血と砂が交じり合う乾いた大地の物語。そして美女の悲鳴だ。

 サム・ペキンパの世界だ、まるで。

 だけど決して嫌いじゃないぜ、この世界。

(2011/01/22)
最終更新:2011年01月22日 19:59