エコー・パーク





題名:エコー・パーク 上/下
原題:Echo Park (2006)
作者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2010.4.15 初刷
価格:各\714

 単純にハリー・ボッシュというシリーズ刑事が、凝りに凝った犯罪に挑み、少しずつ絡みをほぐして真相を解いてゆくだけの物語なのに、そこにボッシュの過去を遡行する運命や、それをあえて弄ぶように見える悪意の存在などが加わることによって、作品に奥行きが生まれる。

 シリーズならではの過去の登場人物への電話連絡、そしてかつて一度寄り添い駄目になった女性との再会、過去を共有する犯罪者との会話などなど。一作だけでは到底描ききれない世界の広がりと深淵とを、シリーズはその全体の読者に向けて表現してゆく。

 シリーズを知らないものでも単発作品としても十分に面白いだろう。それほどに策をめぐらせた犯罪の動機がある。思いも寄らぬ真相がある。これはフーダニットものではあるまい、と読み始めた明らか過ぎる容疑者が、実は世界を糊塗するための重要な謎の一環であることが明らかになるにつれ、いつものボッシュ・シリーズにさらに輪をかけた重奏ミステリの醍醐味を味わうことができる。

 ジャズの好きなボッシュは、新たに発掘されたお気に入りの名盤(なんと50年も知られなかったトレーンとモンクのカーネギーホールでの1957年の演奏だそうだ、これは個人的にもとても興味深い)を何度も何度も聴きながら、ウッドロウ・ウィルソン・ドライブを登ったところにある家のベランダからカウェンガ・パスの車の灯りを見下ろし、コヨーテの遠吠えに耳を傾ける。

 いつも一匹狼のようなボッシュは、同僚とも捜査関係者とも気を許さない仲でありながら、今回はパートナーと呼べる同僚を試練が見舞う。ボッシュは、過去にも現在にも押しやられ、執念と情動の捜査の彷徨へと押しやられてゆく。

 過去に母親を殺されその真犯人は発見されていないという、ジェイムズ・エルロイをモデルにしたような運命を抱えながら、母を殺した犯罪者を永遠に追跡しているのだ、と説明されるボッシュは、それらの精神の設計図面を自分で語ることができる。容疑者と、過去の施設経験を語り合うときに、それぞれの餌をやった犬が違うことを二人が確認し合うシーンは大変意味深げだ。

 ボッシュ・シリーズの傑作というと、どれもが定点以上の観測値を示してしまうので選択するのが難しいのだが、訳者もあとがきで言うように、シリーズのピークになる作品であるような気がする。過去と現在の罪に促されて行動するボッシュの世界構図はこの作品においてはあまりにボッシュのコアなる部分に接しており、さらにストーリーも一流であるからだ。

 さらに今回、地名がタイトルになっているようにジオグラフィック的要素が高い物語になっている。ボッシュはハリウッドを走り回り、深夜のマルホランド・ドライブも、ハリウッドの丘にも足を運ぶ。彼の捜査の舞台となっている地理的要素がこれほど詳細に語られる作品も珍しいかもしれない。

 ちなみに、訳者は、この後のコナリー作品の翻訳が実現しない可能性について訴えている。海外ミステリが売れない現状が日本では継続し、翻訳作品が存亡の危機に曝されていること、世界に冠たるボッシュ・シリーズでさえもその例外ではないこと。

 このような訴えに少しでも協力したいと思う。サイトでこのことを呼びかけることしかできない、にしても。同意の方はご協力ください。コナリーを読んでください。素晴らしさを保証いたします。

(2010/07/20)