惨影




題名:惨影
原題:The Upright Man (2005)
作者:マイケル・マーシャル Michael Marshall
訳者:嶋田洋一
発行:ヴィレッジブックス 2009.07.18 初版
価格:\980

『死影』『孤影』に続くストローマン三部作完結篇の登場であり、本来待ちに待ったというべきなのだろうが、続編出版の度に相当に時間が空いてしまうので、せっかくの凝りに凝った複雑なストーリーを、記憶掘削から開始して理解してゆくのが実のところ大変である。

 主人公は三部作を通してずっと捜査側の三人である。元CIAのウォード・ホプキンス、連邦捜査官のニーナ・ペイナム、そしてしばらく地の底にもぐって時々足跡だけを見せる謎だらけの元刑事ジョン・ザント。

 二作目『孤影』では、地下に潜るザントを置いて、ウォードとニーナを主体に描いていた。ザントは、とても謎めいていて、影だけを残す存在として敵か味方かも定かではない。本来追跡すべき歴史的殺人者集団ストローマンの一団と『死影』で逃げられたアップライトマンの創作以上に、捜査側の三人による互いの駆け引きのほうが気になるようになってしまった。

 スティーヴン・キングが絶賛した、と帯にあるように、その書きぶりはミステリーというよりホラーのジャンルに近いスリリングなものであったかもしれない。けれん味たっぷりの筆致で迫る善悪両者の対決はもちろん、情念を基調にして、それぞれの存在意義を賭した三人の、そして殺人集団との対決構造は、とても迫力に満ちたシリーズだった。

 ここまで広げてしまった風呂敷をどう収めるのだろうかと心配になるくらい殺人者の数も犠牲者の死体の数も、世界構造の異色ぶりについても、実に圧倒的である。

 しかし三部作というと大抵のシリーズがそうであるように、完結篇というものは、あっけないほどに綺麗な幕切れを見せてしまうものだ。だからこそ、小じんまりとした印象を拭えないのが、完結篇の存在である。本書においてもそのイメージを脱することはできていないと思う。

 世界の歴史を作ってきた殺人結社の存在と、これを倒す三人のヒーロー&ヒロインの存在。こんなシンプルさが、これまで善悪の彼岸さえわかりにくかったサスペンスの醍醐味をおよそ消し去ってしまうのである。サイコスリラーの恐怖から、単純な勧善懲悪の構造へとスライドして閉じてしまいがちな円環のなかで、終わってゆく緊張感の空しさを禁じ得ない。

 文体、翻訳、作品、すべてにおいて良質の三部作である。それであってもこれほどの不足感を訴える読者とは、何と我儘な存在であろうか。

(2010.05.05)
最終更新:2010年05月09日 21:17