誉れあれ




題名:誉れあれ
副題:札幌方面中央警察署南支署
作者:東 直己
発行:双葉社 2009.8.23 初版 2009.9.25 2刷
価格:\1,800

 東直己らしからぬタイトルだ。「誉れ」なんていうらしからぬ単語からも、警察小説なんていう保守的なジャンルからも、およそ対極にいる反骨の作家という印象が、ぼくの中であまりにも強すぎるせいかもしれない。
 警察官であった父の言葉を素直に心に刻んで良き警察官であろうとする純朴な青年、そんな主人公で小説を書く、というその一点こそ、想定できなかった。ぼくのような思い込み読者には、本作はとにかく意外としか言いようがない。

 内容は、ズブズブの警察小説である。佐々木譲や笹本稜平らに続いて、今、流行りの警察小説というジャンルに二匹目、三匹目のドジョウを狙ったのか? と疑いたくなるほどのコペルニクス的転換を見せた東直己をどう理解したらいいのだろうか。

警察官同士のメールでの略語やりとりなどは、読んでいてとても引っかかるので、愚痴りたくなってくる。すすきの便利屋が聞いたら、お前らは女子高生レベルか、とおちょくりたくなるような警察官同士のメール文体なのだが、作家はこだわらずに異世界を描き切って行く。本当に、ぼくらは東直己をどう理解したいいのだろう。

 最初の掴みこそ、この作家らしい。いきなりバイオレンスの脅威に曝される若手警官のスリリングな拉致体験である。すすきのの路地一つ渡ったところに存在するのが犯罪社会だ。そんな闇のなかの怖い怖い拷問の世界、そこに生きる犬畜生の非道を描いて容赦無しといった書き振りこそが、東ススキノ・ワールドであり、それを活写することこそが作家としての十八番、のはずである。

 しかし小説が主人公の視界を離れ、俄かに群像小説のせわしなさを見せ始めると、これは本当に東直己の作品なのだろうか、とやっぱり疑いたくなる。少なくともそのくらい普段とは異なる面を見せ始める。この作者としては、まさに新機軸といっていい小説展開だし、逸脱と見てもいいんじゃなかろうか。

 佐々木譲の『うたう警官』のように、道警内部に巣くう謀略と正義の闘いが、何とこの作品の中で繰り広げられるのである。勝負の差は、紙一重。いわば運命の差、とでも思わせるようなスリリングな暗闘を、極めて淡々と描いてしまうシニカルな様子はこうなるとただ者ではない。

 もしかして、これをとっかかりに87分署シリーズのような売れ筋シリーズを狙っているのだろうか。それほどに、一回使い切りでは、あまりにもったいない個性派刑事が沢山造形されているのだが、そう毎作のように道警の不正ばかりをネタにするわけにもゆくまい。作家がいかに本当の道警を憎んでいようとも。

 しかし最後までタイトルがダサいとの印象は、やっぱりぬぐえない。もう少し作品の持つ緊張感を表現したタイトルがにしたほうがよいと思うのだが。  つまらないことなのかもしれないが、何だかとても残念だ。

(2010.05.04)
最終更新:2010年05月09日 21:11