Nのために




題名:Nのために
作者:湊かなえ
発行:東京創元社 2010.1.29 初版
価格:\1,400

 本が出てからだいぶ経ったよな、と思わせる頃になって、そう、いわば忘れた頃になって、『告白』が本屋大賞を受賞して書店に改めて増刷された同作が積み上げられ、山になったときは、ふうん、そんなものかと思った。でもその頃には二作目が出て、三作目もちょうど本屋大賞の作家だよ、っていう乗りでそこそこいいコーナーに並べられ、ある程度売り上げが見込まれる作家になった、ということなのだろう。

 そういうことを言うのも、実は本書4作目がこれまでになく、あまり面白くなかったからなのだ。作品は一つの夫婦殺人事件をめぐる真相追究ものなのだが、現場にいた青年が容疑を認め刑務所送りになるのは冒頭のシーン。実は真相はそれだけじゃないんだと、関係のあった青年を含む若者たち四人の独白が始まる。この作家のスタイルはもはや言わずと知れた口語独白体なので、ここからが真骨頂……となるはずだったのだろう。作者の目論見では。

 ところが、狙いであったところの芥川龍之介『藪の中』もどきの各自によって解釈の違う事件というイメージは、あまり切れ味を感じさせず、どちらかと言えばそれぞれのキャラクターの育ちの世界に作者の視点は向けられ、それらは、事件とは別の短篇小説のようなそれぞれの暗い歴史であったりする。貧しさ、放火、虐待、そういった暗い、島での追憶を語りつつ、彼らの事件は真相というよりも、それらの過去がゆえにもたらす複雑な人間観の距離をあらわにしてゆくかのようだ。

 最後に救いのようなところに作者がすべてを持って行きたかったのかもしれないが、どうもあまりそのあたりが伝わらないのは、容疑者にされた青年が罪を認めてしまうに至る心理についての説明の少なさのせいかもしれない。独白体は、ある意味主観で表わすがゆえの独特の表現力を持ちはするが、同期しづらいテンポの悪さという方向にもするりと逃げてしまいがちである。

 読む側に判断を委ねる意味深い小説であろうとすればするほどそうした罠に陥りがちなのがこの手の決着のつけ方だと思う。個人的にはどこかすっきりとせずに終ってしまった感じが拭えない。書き急ぎのないようこの作者には慎重にもっと鋭い物語を紡いでもらいたいと思うのだが……。

(2010/04/29)