ソウル・コレクター


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題名:ソウル・コレクター
原題:The Broken Window (2008)
作者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver
訳者:池田真紀子
発行:文藝春秋 2009.10.30 初版
価格:\2,381

 本シリーズを書くのに当たり作者は作者なりに毎作毎に毛色を変えようと努力している。その気配はわかる。でも毎作、毎作、楽しく読みはするものの、ディズニーランドで一日を楽しく過ごしたといった種類の喜びは覚えるものの、心に響き割ったり、いつまでも残ったりする満足感のようなものは、残念ながらこのシリーズからは得られることがなく、ここのところ食傷しており、惰性で読むことはやめようと思っている、というような感想に終始していた。

 それを読んでか、もしくは『このミス』の投票者のすべてに対してなのか、文春海外小説の担当者が、この本をプレゼントしてくれた。『このミス』の編集経由で住所の問い合わせが来たから、多分後者なのだろう。ぼくがこれほど酷評していることを知らずに送って頂いたのだ。

 プレゼントされたから言うのではないが、この本はこれまでのシリーズの中では随分ましなものだったと思う。ネタがいいのだ。これまでのシリアル・キラーではないのだ。データを書き換えて捜査陣を窮地に陥れたりするIT系犯罪者である。情報が盗まれるとどんな恐怖に叩き込まれるかというシミュレーションをしてくれる小説として面白い、と言ってしまえばシンプルでいいかもしれない。

 そう言えば『イーグル・アイ』といういスピルバーグの映画で、すべてを監視されてコントロールされようとする世界がアクションのネタとして使われていて、それはタイトルの通り鷲の視点、イコール神の視点のようなものなのだが、この作品で登場する犯罪はまさにそいつに近い。万能感に酔い痴れる犯罪者の姿が憎憎しく思えるくらいだが、それ以上に情報がこれほどアウトプットされている人類の今を思うと、身の回りのリスクには限りがないということを改めて思い知らされる。

 作者はジョージ・オーウェルの何もかもが監視されコントロールされた世界を予告するように描いた『1984年』の悪夢を恐怖し嫌悪するゆえにこの小説を書いた、というようなイメージをあとがきなどから持つが、このプレッシャー感は、他のシリアル・キラーなどよりもよほど身近で、リアルで、興味深いものだった。それゆえに、本書はことのほか楽しく読めたのである。

 なお、いつもホワイトボードで繰り返し読まされるリンカーン・ライムの部屋の捜査進捗であるが、実際作者が、小説を書く上で何枚ものホワイトボードに同様の記述をしているという訳者の種明かしが巻末にされていた。これほど凝った小説を書くには、プロットというよりもそうした大スペースを使ってのディテール構成が必要ということであろうか。

 なるほど、ぼくが小説に求める感動などの要素については、ホワイトボードに書いて保存することができないということか。ふうむ。

 もうひとつ。ソウルコレクターとは原題からは離れたものであるのに、日本向けに訳者が相談したところ、作者はこのタイトルを考えたのだそうだ。作家なら原題はオリジナルを使え、くらい拘って欲しいと考えるのは、ぼくだけなのだろうか? 何だか、作品を商品と言い換えられているような気がして、心穏やかではない話だ。

(2010.04.29)