新・雨月 戊辰戦役朧夜話



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題名:新・雨月 戊辰戦役朧夜話 上/下
作者:船戸与一
発行:新潮社 2010.02.28 初版
価格:各\1,900

 『満州国演義』の手法は、従来の船戸的叙事詩というよりも、歴史小説的醍醐味を味わわせてくれる。ただし満州を舞台にした戦争への前夜の暗黒史を、四人の兄弟のそれぞれの個を描くことによって、様々な個性の視点に絡めた戦争と時代とその悲劇の本質を見極めようとした挑戦の志に満ちた新しい小説でもある。

 その手法をそのままに、戊辰戦争を描いたものが本書である。京都の蛤御門の変でもなく、新撰組の記録でもなく、函館戦争でもなく、その狭間、最も苛烈な篭城戦となった会津城攻防に至る奥羽越の列藩の動きのなかで翻弄される個の魂たちのこれは碑である。

 船戸与一は山口の出身である。このことは、実は、幕末から帝国主義の歩みを始める日本の歴史を叛史の視点から見定めようとする船戸の作家的存在価値からは重要な要点であるように思う。なぜ薩摩長州が日本を治める戦いに勝ったのか、その反勢力である会津、また榎本武揚率いる艦隊はどのように敗戦の道を辿ったのか、この史実をあくまで叛史の文学がどのように表現するのかについて極めて興味深い。

 主人公は三名。長州藩の間諜として僧に成りすまし一揆を誘発させる物部春介、河合継之助に心酔し博徒から足を洗い歴史の目撃者となる布袋の寅蔵。会津戦争を内側から体験する奥垣右近。それぞれが会津、庄内、長岡、仙台などを駆け巡り、徳川幕府対官軍の権力争いの戦闘の中、日本の夜明け前の泥濘を血まみれになって駆け回る。

 全体の歴史像を認識していない読者でも、このリアルな戦場からの語り部に耳を傾けることにより、日本の現在(いま)がどのように幕を開けようとしたのかその真実の一端に触れることができるだろう。

 奥羽越に今も生きる人々の間にはあの戊辰役は内乱であったとの認識が強い、と聴く。あのとき幕軍についたか官軍についたかという藩毎のサバイバル・チョイスが今なお敵対心や怨恨を残すとも言われる。廃藩置県から遠く現代においても、藩の時代の城主たちの選択が日本をニ分割した戦争にある方向性を確実にもたらしたことは確かであり、作中のある人物が語るように、時の流れに逆らうことができなかったのかもしれない。

 最後に船戸自身の口から終章が語られるのだが、この戦争を生き延びて、勝ち組に名を連ねたり、負け組としてさらに重用されたりした人物のその後、さらには血と殺戮の時間を背後に置きやって風のように消えていった実在の人物たち、そうした背景が、枯れ野原のようになった古戦場に唸る風の音のように語られる。

 その先に日本帝国主義が誕生せざるを得なかった国内の軋み、天皇を担ぎ出して官軍と名乗ってきたことの後世への不条理、庶民ではなく、常に権力者たちによってのみ弄ばれ行く国家的悲喜劇と、その中で常に翻弄されるしかない残酷なまでの市井の民たちの累々たる屍の山ばかりが切ないほどに瞼に残る。

 叛史の立場から取られた筆は、『満州国演義』へ繋がる同じ地平で、船戸の日本史観を徐々に明らかにさせているように見える。

(2010/04/04)