グラーグ57





題名:グラーグ57 上/下
原題:The Secret Speech (2009)
作者:トム・ロブ・スミス Tom Rob Smith
訳者:田口俊樹
発行:新潮文庫 2009.09.01 初版
価格:各\667

 『チャイルド44』は版を重ねる売れ行きとなったが、一つには若い作家が最も思い歴史の一つと言えるスターリン体制化のソヴィエトを背景に、娯楽小説としてのミステリを構築するとともに、骨太の人間ドラマを軸に据えて見せたその荒業ゆえだろう。しっかりした歴史考証がなければ書く気にもなれないだろう暗黒の国、冬の時代にメスを入れ、その国情を取り入れたストーリーだからこそ、主人公にはどうしようもない大きな時のうねりの中で翻弄される人生こそが一つの読みどころでもあるわけだ。

 粛清の嵐の中で次々と消えてゆく人間を間近に感じながら、そうした事実に眼を瞑って自分たちだけは生き延びようと考える警察官に対し、裏切りの気配を示すその妻。抱え込まねばならない老父の安全や、守らねばならない生存そのもの。それらを負荷として負いながら捜査を行うという非常にタフでハードなミステリであった前作。

 それを上回る過激さを持って、続作はまたも時代の歯車が軋んでゆく音を確実に捉えたままソヴィエト連邦を広大に疾駆する。

舞台はスターリンの死後。フルシチョフの台頭により、スターリン政権下では管理側であった者たち(もちろん主人公のような警官も含まれる)が、当時迫害された者たにの復讐の牙に曝されるという時代設定である。権力者が代われば、時代は180度、違う方向を向く。かつての正義は罪に代わり、生きる礎が音を立てて崩れてゆく。

 前作で協力者となった仲間の死。前作で部下が殺害した罪なき家族の一員である少女を育てる困難さ。復讐や怒りを、受ける側の論理で展開するレオ・デミトフの旅は、試練に満ち満ちており、物理的のみならず魂を揺さぶられるような種類の苦難である。

 前作がまだミステリの範疇で動いていたのに比して、第二作の本書は明らかに冒険小説の復権を思わせるような活劇にも満ちたスペクタクルである。あまり知られていないが徐々に剥き出しにされていった共産主義国家ソヴィエトの暗黒史から、ハンガリー動乱に至る黒い川の流れにもっそりと押しやられるように主人公レオの運命が、弄ばれてゆく。主人公はレオではなく、その国、その時代だとでも言わんばかりに。

 『チャイルド44』よりさらにページ・ターナーぶりを発揮してスピード感のある本書。この物語は三話完結であるらしく、どれも2008年と2009年の9月1日にきっちり翻訳が出ていることから、この2010年9月1日にこの恐るべき大作三部作は完結を告げるのではないか、と震撼する心で期待している。

 ちなみにグラーグ57とは主人公が閉じ込められる強制収容所のことで、この作品ではごく一部のエピソードとなるシーンであるが、タイトルを飾るには相応しない。無理矢理『チャイルド44』との語呂合わせで版元が売りを狙ったタイトルだということは一目瞭然であるが、このシリーズに限ってはタイトルなどどうという影響を及ぼさない気がする。

 まずはこの世界の入口である『チャイルド44』への扉をぎしりと開けてこの本まで辿り着いて頂きたいと思う。

(2010/04/04)