夜来香海峡




題名:夜来香(イエライシャン)海峡
作者:船戸与一
発行:講談社 2009.05.28 初版
価格:\1,800

 船戸にしては世紀の凡作といったところの作品。作者名を伏せられて読んでいたら、船戸の文体を模倣した新人かと思えるような愚作ではないか。

 東北の寒村にアジアの花嫁を斡旋する仕事についている蔵田雄介が、花嫁の失踪事件を追いかける。おまけに花嫁は、曰くつきの金二億円を持って遁走した。山形から北へ北へと追跡劇が始まり、物語は津軽海峡を渡って夕張に立ち寄り、稚内で終結を迎える。

 その間、暴力団、中国黒社会、ロシアン・マフィアと次々に魑魅魍魎が現われて、一方で死体が増えてゆく。大体こういう設定に出現しがちな陰惨な印象のあるナイフ使いが、最後の最後までしつこく血の印象をもたらす。神話の果ての殺し屋は凄かったな、とピーク時の船戸と較べるとさすがにちんけな印象を拭えない。

 近作ハードボイルドであった『藪枯らし純次』はそこそこ面白かったのだが、本作はちとエンターテインメント要素がてんこ盛りで、サービスに過ぎる分だけ、値段に見合ったハードカバーとはならず、ノヴェルズでよかったのではないか、と思われるくらいのありきたりなハードアクションであったように思われる。

 そもそも日本を舞台にした現代劇はあまり評判のよろしくない船戸である。同時に大沢在昌が、どちらかと言えば船戸ライクな『罪深き海辺』を上梓したばかりで、そちらがしっとりとアダルトな印象を楽しめるのに対し、こちらは少しキャラクター同士の絡みが弱いように思われる。

 花嫁紹介業の主人公が暴力団から責任を追及され女を追うという設定自体にそもそも無理があったのかもしれない。

 舞台が北海道だっただけに、こちらの期待が大きすぎた。残念。

(2010/02/7)
最終更新:2010年02月07日 23:53