殺気!




題名:殺気!
作者:雫井脩介
発行:徳間書店 2009.09.30 初版
価格:\1,600

 次に何を書くのだろうか? とこちらがいくら考えても、なかなか予想のつかない作家である。予想したとしても外れると言おうか。正直、まだ正体が掴めない、と言っていい。せっかくのミステリ畑での当たり作『犯人に継ぐ』は、映画化されたもののあまりのアホらしさで原形をとどめなくなってしまったし、誰もがこの作家の本当の姿をまだ見極めていないんじゃないか、と思う。

 それでいて『クローズドノート』のような繊細さを散りばめた美しい感動作を作ることもできる。まさかこの作家に泣かされるとは、それまでは思いもしなかった。なので、次の作品、次の作品、と予想してゆくのも難しく、まるで軟体動物のように形の定まらない作家。それが雫井脩介だ。

 しかしこの作家、安心して読める。文章が読みやすい。散文という形式、小説という形式が、とてもこの人の表現にフィットしている気がする。的確な衣服をまとって、それがよく似合っている人。小説の似合う作家、というと変な表現だが、まさにそうなのだ。

 さて、いよいよ本書。今度はヒロインである。どちらかと言えば、もともとの畑である犯罪ミステリと『クローズドノート』の持つ青春ヒロイン小説とを合体させたタイプの小説と言える。父の死の真相を探りながら、ヒロインは家族、恋、友情に悩み、人出逢ったり、別れたりする。どちらかと言えば、ミステリの部分よりこの青春小説の方に重心を置いているように見える。

しかも、ここがこの作家の予測のつかないところなのだが、ヒロインには第六感のような特殊能力が備わっているのだ。危険が迫るとそれを事前に察知する能力。何かが襲いかかろうとするとそれがわかってしまうので、事前に攻撃を避けることができる。そしてその謎は、失われた過去(どうやら12歳の頃に拉致監禁されたらしい)。ヒロインのましろは、あの事件の子なの? と巷に知られるくらい、彼女の町では有名である。

 多摩センターをモデルにしたらしい年季の入ったマンモス団地。その町に生きる彼女たちと息づく町の気配。多くの人々の存在感。いろいろな意味で優しく暖かい小説なので、本来ミステリというジャンルが持つ刺々しさやスリリングな緊迫感のようなものはあまり感じられない。

 ラストにどんでん返しがいくつか見られるのだが、どこにも本当の悪人はいないように思える。ヒロインの優しい心根、というフィルターを通して描かれた小説だからか。作家の持つ魅力の一つとしての気配のようなものか。天才との部分に少しだけ入り込んだ作家としての素材の良さを、この作家にはいつも感じる。

(2010.01.31)
最終更新:2010年01月31日 18:56