廃墟に乞う




題名:廃墟に乞う
作者:佐々木 譲
発行:文藝春秋 2009.07.15 初版
価格:\1,600

 この作家はこの頃、連作短編集というかたちをとても効率よく使っている。『制服捜査』は、道警の裏金不祥事への対策アピールで余儀なくされた大異動の犠牲となり、札幌で有能な刑事だった川久保が十勝の片田舎の駐在警官として単身、赴任する設定であった。そこで十勝という広漠とした農村、いわゆるこれ以上ないくらいの田舎ならではの事件にその有能ぶりを発揮するのだった。この設定は十勝の冬景色を知る者にとっては痛快無比ですらあった。道産作家でなければこれほどの事情は書けまい、というところに拠って立つ作品集は、北海道民にとってまさに快挙である。

 北海道の魅力を余すところなく作品に生かしている作家として、佐々木譲はまさに道産作家の旗手である。その作家がまた、連作短編集でやらかした。またも外れ刑事(デカ)とも言うべきヒーローを作り出したのだ。

 心的外傷後ストレス障害を煩っている休職中の刑事・仙道孝司は、個人的に道内各所の事件に何らかの形で関わってゆき、そこで難事件を解決する。こう書いてしまうと、本格推理畑の作家たちが書くような名探偵シリーズのようなイメージで、ありきたりになってしまうが、PTSDで休職中の刑事という設定が、メンタルを病む人の多い時代背景という部分がまず第一の仕掛けである。

 事件に少しずつ遠くから関わってゆこうとする姿は仙道のリハビリ風景である。最初の頃の短篇では、恐る恐る事件に近づいてゆく。それでも精神にダメージを与えない事件などはほとんどないから、仙道は傷口を痛めてしまうこともあるのだが、徐々に快癒の方向に進むにつれ、自信を取り戻してゆく。

 さらにこの連作短編集の楽しみは、事件の起こる場所場所に、北海道ならではの風土、地域状況、日本の抱える縮図のような風景が垣間見られることである。オーストラリア人が不動産を買いまくるニセコという観光地に始まり、夕張の隣町という設定でありながら道内ならどこにでもある、廃墟だらけの炭鉱の跡地だ。ぼくもダムの底に沈む町が壊される前に一眼レフを構えて大夕張を何度も訪れた。鉄路の跡が残り、石の橋が崩れ、炭鉱や住宅の跡が廃墟になっていた。映画館もダンスホールもすべてが廃墟になった町を。

 さらに作品は、オホーツク沿岸の魚村ならどこにでもある風景といった町。枝幸、紋別、網走、といった冷たい海に船が繰り出す町。それから日高静内はサラブレッドの産地で、博労の町でもある。最後に、『制服捜査』『暴雪圏』でもお馴染みの十勝へ。十勝はちなみに鳴海章の住む町でもある。

 もちろん道内全域で10年以上も仕事をしていたぼくにとっては、どこも馴染みのある土地なので、この本の主役は北海道という土地そのものと、町や村が抱えている問題なのである。そういった北海道の濃度の濃い紀行に、どちらかと言えばストーリーを載せたものといった味わいであり、個人的にはとても幸せな気分で読み通した。ホームシックを誘われて少し寂しくなるくらいの一冊だった。

 ※後にこの作品が直木賞を受賞した。この作家としては『廃墟に乞う』は掌編の集まりだったと思う。仙道刑事の復帰までの日々。それだけを描いた小さな作品集。スケールの大きな冒険小説や、躍動感溢れる警察小説を書いている佐々木譲が、なぜこの作品で評価されたのかを思うと、復帰までのリハビリの戦いと、北海道を時代の鏡のように切り出してみせた作家の地方魂のような部分が大きかったのかな、とぼくは想像するだけであった。

(2010.01.30)
最終更新:2010年01月31日 02:44