新参者




題名:新参者
作者:東野圭吾
発行:講談社 2009.9.18 初版
価格:\1,600

 日本橋の商店街を背景にした下町ミステリー。描写手法として、主役を町の商店主や看板娘などで、短篇ごとに変えてゆくが、扱っている事件は、一人の女性が自分の部屋で絞殺された同じ事件。事件に関わる何かでそれぞれが繋がっているが、それをさらに広げて次の作品へと繋げてゆくのが、名探偵ならぬ名刑事・加賀恭一郎である。

 他の刑事たちとは異なり、独りでリラックスした格好で町に溶け込むように訪れ、飄々とした会話で相手を引き込み、事件の真相に最も早く近づいてゆく男である。どの短篇でも、主役ではないのに、とても存在感のあるのが彼である。

事件の捜査は、日本橋界隈の商店街を中心に動いてゆく。舞台劇にしやすそうな設定である。その上会話、表現、人々、その個性、その活き活きとした情緒や、心理の葛藤、こういう作品こそが東野の真髄なのかもしれない。東京の下町イコール人情、という図式も巧く取り入れられている気がする。宮部みゆきの世界に近いものがあるが、宮部ほど語り切らない短篇の潔さが、女性作家との違いであるような気もする。

 いや、そもそもこういう連作短篇というかたちは、日本作家が本来得意とする文芸形式なのかもしれない。そういう意味では古臭い形であるのかもしれない。日本文学はやはり、基本、短篇であったような気もする。欧米にタイプライターがあった頃でも、ワープロのない時代。日本語はアルファベットのような小さなタイプライターに収まり切らないのだ。

 今、東野圭吾がペンで小説を書くとは思わないが、それでも短篇の切れ味というものに下町情緒を被せて、得意の人間喜劇を描いてゆく。インタビュー小説のように加賀は何度も短篇の主役たちを訪れては謎に迫る。そして古い商店街だからこそそこに満ち溢れる懐かしいようなアナクロな証拠、ヒントの数々。

 この作家はあまり先を考えないで書き始めてしまうという。この連作短篇も我ながらどこへ行くのかわからなかったが、実験的に捜査側ではなく捜査を受ける側の人たちの目を通して書き始められた短篇の数々は、実に天才的な目線の旅を終了して、無事に見事な最終篇に収まってしまうのだ。背後に、そのあまりの存在感と魅力ゆえに忘れ難い印象を残していった下町の名もなき主人公らを残して。

(2010.01.30)
最終更新:2010年01月31日 02:43