謀略法廷





題名:謀略法廷 上/下
原題:The Appeal (2008)
作者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:白石 朗
発行:新潮文庫 2009.0.01 初版
価格:各\629

 最近は、グリシャムの小説もまた定期的に読めるようになって、もともとのグリシャム・ファンとしては実に嬉しい。完全復活と呼ばれて久しいグリシャムも、時にイタリアン・ミステリ方面に少しスライド気味であったようにぼくには思えていたのだが、ここのところノンフィクションも含め、法曹界にちゃんと戻ってきて、専門職でしか書き得ないリーガル・ミステリの世界をしっかりと提供してくれるようになった気がする。本書を含めて、そうした手ごたえが感じられ、ぼくはとてもほっとしている。

 さてそうした明るい感触とは裏腹に、グリシャムでもこうしたプロットはあるのか、と思われるのがこの作品。少し異質であると思う。法による矛盾を法によって解決してゆくスリリングでありながら痛快なエンディングに変わることの多い作品に馴れたグリシャム・ファンであれば本書の厳しい内容には打ちのめされる部分が多いのかと思う。

 『無実』という名の優れたノンフィクションを書くことによって法曹界が決して完全なものではなかったこと、しかしそこで闘う者たちの歓びも悲痛もどちらもあることなどを再確認したのかもしれないグリシャムは、時に、明るく万人が幸福になる結末以外の、野放しのケースをここで書きたかったのかもしれない。

 ここでは闘う若き弁護士夫妻を叩きのめそうとする巨大権力という構造が示される。巨大企業グループに対して戦いを仕掛け、4100万ドルの損害賠償の判決を手にするが、最高裁に向け、大企業が財力にあかして包囲網を仕掛けてゆく。いかにどのようにして決着が突くのかと見守り続ける読者の側の緊張を、作者は翻弄する。

 結末までを書くことはできないのだが、そのプロセスがこの小説のポイントであろう。一つには法は経済から逃れることができず、経済を凌駕してもいないという現実であろうか。法廷闘争を続けるには金が要るが、法律家たちも自分の事務所を守るために収益が必要であり、そこには経済の論理が断固として網を張り巡らせているということである。

 さらに巨大な資力に物を言わせれば、買収、暴力による追放、罠、偽装など、法廷に持ち込むのもお手の物であるかもしれないということだ。その可能性をこれでもかというほど示し、実行してゆくケースこそが、本書でグリシャムが提供してみせたものだ。ショッキングなやり口に、手をこまねくしかない読者は、弁護士夫妻に肩入れし、不安を共有する。

 上下二冊の大作だが、一日一冊のスピードで一気読みした。相変わらずグリシャムのジェットコースターぶりは健在である。

(2009/12/13)
最終更新:2013年12月06日 18:58