ユダヤ警官同盟


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題名:ユダヤ警官同盟 上/下
原題:The Yiddish Plosmen's Union (2007)
作者:マイケル・シェイボン Michaek Chabon
訳者:黒原 敏行
発行:新潮文庫 2009.05.01 初版
価格:各\590

 たまに読書が苦痛になることがある。どうしようもなくその読書が自分の心の中に体験として入ってこないのだ。いい体験としても悪い体験としても何らかのキックが感じられて初めて、読書という行動に費やす時間に意味が持てるようになる。別に意味を持たせるために読書をしているわけではないが、結果的にそうなっているものだと思う。

 そういう意味では本書はぼくにはとても苦痛だった。5月に読んで、12月にこうした感想を書いているという理由はまさにそこにしかないと言ってもいい。読書の無意味さをずしりと感じてしまった時間の空は、それなりの後遺症を残す。

 先週、ぼくも票を投じている年間のミステリー・セレクションの一つである『このミステリーがすごい! 2010年版』が手元に届いた時、本書が海外部門では堂々3位にランクインしていることに、驚いた。自分の読書のあり方は普通ではないのではないかという不安まで感じた。

 『このミス』は古く、オーソドックスで、しかもシリーズものであったり、昨年受賞していたりするものに対しては極めて冷たい傾向にある。どちらかと言えば、『このミス』がスタートした1988年から1990年代前半にかけてあまり見られなかった本格ミステリーものが最近になって増えたりする傾向があるようにぼくは感じているのだが、本の質というより話題性、真新しさ、けれん、そうしたものに票を投じる人が多くなったように思う。もちろん投票者が年々若返ってゆくのは仕方のないところだとしても。

 読書の空を感じて半年。あの虚ろは一体なんだったのだろうと思うとき、第一に想像するのは西洋と東洋との間に厳然と立ちはだかる歴史の壁がある。文化の壁と言ってもいい。キリスト教、特にカトリックなどの宗教がその一つであり、もう一つは民族の問題である。ここではそのユダヤ人という民族をテーマとした作品が存在し、そのユダヤ人というテーマ自体が巨大な壁なのである。

中学生から高校生になろうという頃にイザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』という評論が出版された。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したその小説は日本在住のユダヤ人であるイザヤ・ベンダサンの正体が問題になったが(正体は、訳者に成りすました山本七平その人であったらしい)、それ以前にユダヤ人というものが、理屈では見えるにしても生の感覚としてどこにも生成されないのにはまいった。

 その感触のなさ、それによる世界の不気味さ、といったような空は、今でもぼくの中にある。それが読書によってたまに引き起こされる。何をこだわっているんだ、と言われそうであるけれども、わからないものに対する欠損の感覚は、届きそうで届かないものに対して懸命に手を伸ばそうとするけれど結局は徒労に終るという諦観に繋がる何ものかである。それはそれで虚ろな記憶として重くしこるのだ。

 本書はアラスカにユダヤ人居住区が作られたという、ある意味書き換えられた歴史の上に生じる大仕掛けミステリー。ユダヤ人の特性や生活ぶりがこれでもかというくらいに込められたSF状況小説のようにも思えるのだが、そのどれもがぼくには蕁麻疹ものであった。良くぞ耐えるなあ、とは、本を途中で投げ捨てることのできないぼく自身への呆れかえったもうひとりの冷徹な自分の気持ちである。

 『このミス』の説明によると本書は以下のような作品であるらしい。

 「警察、暴力、ハードボイルドの要素をしっかりと兼ね、読み応え十分」

 ぼくとしては、読者にこびなくてもいい純文学(なぜか純文学は面白くなくてもいいらしいのだ)が、なぜ新潮文庫のミステリ枠で出版されたのか疑問であったが、『このミス』はまたしてもこう擁護する。

 「主流文学のこわもてさが否めないが、終盤に向けてのサスペンスフルな展開は見事。主人公が家族や仕事に対する失った自信を回復していく物語には、癒しの効果もある」

 はあ~? そうなんですか。なるほど、全然、そんな印象はなく、半年も経った今は全然覚えていない。他の人の書評にも、「ディテールが面白すぎプロットを忘れがちなくらい」とあるけれど、そのくらいプロットがはっきりしなくて、最後まで靄がかかりっぱなしの小説であったように思う。ディテールを優先する投票というのも、趣味の問題を優先しているようでどこか問題があるように感じるけれど、それもまた価値観の違いなんだろう、きっと。

 それにしても新潮文庫の帯にある「とてつもないミステリ上陸」には、消費者センターからクレームがつかないのだろうかと思ってしまうのだけれど。

(2009/12/13)