愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える




題名:愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える
原題:O Dingos, O Shateaux (1972)
作者:ジャン=パトリック・マンシェット Jean-Patrick Manchette
訳者:中条省平
発行:光文社古典新訳文庫 2009.1.20 初版
価格:\552

 中条昌平が岡村孝訳の『狼がきた、城へ逃げろ』をタイトルからして誤訳であるして、自分がもっとマンシェットの雰囲気をと、ペンを執り直し、改めて訳したものだそうだが、見た限りでは、訳者なんていうレベルではなくマンシェットのラディカルなパワーしか感じることができなかった。

 他者訳のタイトルを批判しながら「愚者」を「あほ」と読ませたり「城塞」を「おしろ」と読ませたり、いかにランボオの中原中也訳をイメージしたからと言ってマンシェットをわがものにしたというのは、傲慢に過ぎる。だからフランス語の専門家は嫌いだ(元フランス語専攻学生の嘆き)。

 とは言え、この本がマルレーヌ・ジョベール(あの『雨の訪問者』のヒロインですね)の主役、セバスチャン・ジャプリゾ脚色で映画化されていることは知らなかった。訳者が酷評しているが、見ていない人間にそんなことを言うな、解説で! とは言え日本未放映の映画だからどっちでもいいか。『いかれた女を殺せ』というこの訳者が勝手につけた未邦訳映画タイトルは、むしろ岡村孝的な訳のように思うんだけど。

 なお、いずれにせよ、絶版で読まれる機会の薄い本書が広く紹介され、新たにマンシェットのファンを生み出すきっかけを作ってくれた訳者・版元の功績は大きい。これを機に、中条さん、どんどんマンシェットを翻訳できないのでしょうか? 版元が売れると判断してくれない限り難しいとは思うのだけれど、本というのは売れ行きだけの文化ではないのだからねえ。

(2009/10/12)
最終更新:2009年10月13日 01:19