聖女の救済





題名:聖女の救済
作者:東野圭吾
発行:文藝春秋 2008.10.25 初版 2008.11.20 4刷
価格:\1,619



 小ミステリーと呼びたくなる。一般的な警察捜査小説の社会的なスケールをあまり感じさせることなく、ホームドラマの空間感覚で全編が進んでしまう。あまりにも登場人物が少なく、一つのなかなか解き得ないトリックの向うに、人間の感情の綾のようなものが、時おり透けて見える。

 トリック小説は嫌いなのに、読まされてしまう。本書は典型的なトリック・ミステリーのはずである。いわゆる謎解きをメインとした、本格推理好きの小説だと思う。敬遠したくなるようなシチュエーションである。

 密室ではないが、毒殺である。但し、誰もいないときに蛇口から水を汲んでコーヒーをドリップして飲んだことにより毒が回っている。その前日にもそのまた前日にも他人が一緒にいるときにはコーヒーを飲んでいる。いつ誰がどうやってコーヒーに毒を盛ったのか? それだけの、普通なら投げ出したくなるような小説である。

 だから正直、途中何度も投げ出したくなった。もう謎の追求はいいから。早く人間描写に行こう。そんな気持ちが急くように湧き出てくる。

 その退屈さを救ってくれるのが、刑事・草薙の容疑者への一目惚れという状態であり、ガリレオこと湯川とのやりとりであり、テレビドラマから新たに生まれたガリレオ・シリーズのレギュラー・ヒロイン役(柴崎コウ演じるところの)内海薫という新米刑事である。

 レギュラーもの、シリーズものであり、特に難物のトリックを信条とする。短篇小説で生まれ、『容疑者Xの献身』というシリーズ長篇作品において、一気にただの謎解きお気軽小説から脱皮してしまった。ぼくの場合、『容疑者X……』から後追いで、短編集にも手を伸ばした口だから、ガリレオ・シリーズのシリアス化への変遷については後になって知った。いや、むしろガリレオ・シリーズが理系の大学の先生を名探偵に持ってきてちと毛色を変えた印象のある明るい軽ミステリーのようだったことを後になって知ったのである。

 ところが『容疑者X……』は、理系トリックというこだわりの部分は崩さずに、ずっとシリアスでヒューマンで感動的なラストシーンに、ぐらぐらと来るほどの激震小説であったわけだ。

 そして本書も『容疑者X……』ほどではないものの、やはり、あり得そうであり得ない驚愕の結末が用意されているのである。

 女といえば、毒殺。そう思うだけで、女は怖いと思える。だけど、本書を読むとその恐怖になお一層の深みが加わるに違いない。男の側にも責任はあると思うけれど、日本の家族、夫婦という小世界のなかの男女性差を考えた場合、このような物語は決して成立しないわけでないような気がしてくる。

 然るに……、女は怖い、と言えるのだ。

(2009/03/08)
最終更新:2009年03月08日 23:22