ダブルプレー



題名:ダブルプレー
原題:Duble Play (2004)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 2005.2.15 初版
価格:\1,900

 常々感じていることだが、パーカーはアメリカ文化そのものを書きたいのではないだろうか。あるいはアメリカ文化そのものへの愛を、あるいは複雑な思いを。スペンサー・シリーズだけでは書き切れなくなったそのあたりのもろもろのことに関して、他の二つのシリーズで、さらに過去に遡ってゆくノスタルジックな部分に関しては、他の単発の作品で。

 単発の作品のほとんどがノスタルジックであることに思い至ると、フィリップ・マーローへのオマージュ二作、アイルランド移民である自らの家系を遡る『過ぎ去り死日々』、アメリカを語る上で欠かせない時代を描いた『ガンマンの伝説』に続いて、本書はメジャーリーグに初めて黒人選手としてただ独り入団し人種差別の猛火と闘ったジャッキー・ロビンソンを描いた本書はやはりパーカーが単発で是が非とも書かねばならなかった衝動の所産なのだろう。

 本書の真の主人公はロビンソンだが、この本はダブルプレーであってもう一人名もなき白人の主人公が造形されている。それは、ガダルカナルで銃弾を食らい生死の境を彷徨うシーンに始まるバークの物語。白人のもと兵士がすべてを忘れ去るようにして引き受けた職業がロビンソンの護衛であった。1947年、人種差別の怒号を潜り抜けてゆく二人の寡黙な男たちを表現するやり方は、いつものパーカーのものだ。

 ホークやビニーとスペンサーとの距離の微妙さを感じ取れるように、ジェッシイの寡黙さとその向こうに隠された多くの繊細が絶妙に描かれているように、本書ではバークという極度に寡黙かつ無表情な男の心を徐々に過酷な運命が光の当たる場所へとさらけ出してゆく。死に向き合い、愛を失った男の、再生への道を切り拓くロビンソンとの友情がたまらなくひりひりと熱く、かつ痛い。暴力と嘲りなしでは生きられない環境下で育つ、抵抗の多い白人と黒人との共存関係。

 パーカーはこれまでも人種差別をことごとく主人公の口を借りて退けてきたが、本書では「高潔さ」という言葉で少年時代の自分ボビーの表情を活写し、さらに本書では真っ向からその問題に取り組んでいるかに見える。パーカーならではの男たちの寡黙なやり取りのなかに垣間見える戦いへの十分な備えという、闘う主人公らの日々という形をとって。そんな寡黙な男も口を開く。

 「ジャッキーはおれに与えられたチャンスだ」 「なにのチャンスだ?」 「破壊されたままでいないための」

 本書は素晴らしい作品であると思う。差別と戦い再生を目指す男たちを、完全なるノワールの形を取って書いている小説だ。ノワールになり切れなかった理由は、実在した英雄的黒人プレイヤーをスコア付きの客観姿勢で見事にタフに活写し尽くしているからだ。作者自らの回想とこの偉大な選手への大きなリスペクトを静かにたたえながら……。
最終更新:2006年12月10日 21:59