泥棒はクロゼットのなか




題名:泥棒はクロゼットのなか
原題:The Burglar in The Closet (1978)
作者:ローレンス・ブロック Lawrence Block
訳者:田口俊樹
発行:ハヤカワ・ミステリ 1989.10.01 初版価格:\700


 なぜか読み逃してきてしまったこのシリーズ。何かの折に読もうと思いつつも、新刊にばかり先に手が伸びるため、古いシリーズの追いかけの時間をなかなか作れないでいる。だから、こういう本を読むことができる時間というのは、実は貴重で贅沢なものだ。

 泥棒が、もっと凶悪な犯罪に巻き込まれて四苦八苦するようなこの手の巻き込まれ型作品だけで、よくシリーズが成立するものだと思う。だからこそ、書き手の持つ才能が目立つということも言えるわけだが、今回は泥棒に入った場所で、クローゼットに隠れている間に、殺人が起こってしまうという典型的な巻き込まれ型ストーリー。

 主人公バーニーのところに結局は警察の手は伸びてきてしまい、自分で事件を解決し、真犯人を見つけ出さなければ、自分が刑務所へ、という切迫した状況へと追い詰められてしまう。それに、泥棒という職業であることがばれてしまうという最悪の結末も、刑務所行きに自然と付随してしまう事実なのであり、このあたりが素人の巻き込まれ型犯罪に較べるとだいぶ分が悪い。

 しかし、だからと言ってそう悪いことばかりでもないのだ。何しろミスター泥棒には、鍵を開けて住居に侵入してしまうという特技がある。この特技を、真犯人探しにどう活かし、役立てるかといったところが、このシリーズの見ものなのかもしれない。特異な状況はどこにでもあるが、泥棒という限定された特異な主人公はシリーズとしては、そう滅多にあるものではない。

 悪党パーカーは、強盗であり、暗黒街に生きるノワール系の主人公だが、泥棒バーニーは庶民的でありながら、職業だけが泥棒という、明るい親しみの持てる主人公である。いわば殺し屋ケラーが親しみの持てる殺し屋であるのと同様に、だ。殺し屋の場合はどうしても黒い要素が濃くなってしまうのは否めないにしても。

 いずれにせよ、ブロックのシリーズは、スタークのシリーズとは似て非なるものである。そうでなければ、ウェストレイク名義からわざわざ悪党パーカーのためにスターク名義に変え、作風も変える理由などどこにもない。ブロックは、スカダーみたいな真面目で根暗主人公のために、名前を変えることはなかったのだけれども。

 この時代の小説世界には携帯電話も便利なパーソナル・コンピュータも存在しない。だから現代ではあり得ないシチュエーションが随所に散らばる。携帯の存在は、これがない時代にはとても主人公たちに不便を強いるものであり、携帯がないゆえに、人間の所在が掴みにくい。人と人の距離感、ということに関して言えば、この時代のほうがよほどまっとうなように感じられるあたりが、何より皮肉である気がしてしまうのだが。

(2009.03.01)