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オーケ通り デルーカの事件簿 3




題名:オーケ通り デルーカの事件簿 III
原題:Via Delle Oche (1996)
作者:カルロ・ルカレッリ Carlo Lucarelli
訳者:菅谷 誠
発行:柏櫓舎 2005.5.30 初刷
価格:\1,524


 『白紙委任状』『混濁の夏』に続くシリーズ第3作。本シリーズに接するとき、いつも思うのは、フィリップ・カーの三部作『偽りの街』『砕かれた夜』『ベルリン・レクイエム』の三部作。あるいはアゴタ・クリストフの『悪道日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』の三部作。

 それぞれの舞台となる国家は違えども、同じく第二次世界大戦を軸に回転する、ヨーロッパの個人史がドラマを築き上げ、その中で厳然と存在する謎解きへの引力が読者を、未知の状況へと引き寄せてゆく。

 言わば、書き手にとっては現代史の検証であり、エネルギーの原点であるのかもしれないが、謎解きを求める側の読者にとってはそれは、単なる小説の付帯事項であるという温度差。これらはその隙間にしか生き延びることのできないストーリーだったのだ。

 ぼくは思うのだが、こういう作品に接するたび、日本人であること、ぼくらの受けてきた義務教育、というところに突き当たってしまう。義務教育からは、見事に現代史が削除されているのだという厳然たる事実に。

 さて、こうした難しいことはさておいても、元ファシストであり、次の作品では逃亡者であったデルーカが、時代の流れから元の職場に復帰する本書は、着任する冒頭からすぐさま殺人事件勃発、本部長への赴任挨拶もそっちのけというスピーディな展開で、謎そのものへのデルーカの執着そのままに、ぼくらを物語りの渦中に掴んで持ってゆくだけの緊迫力がある。

 その後、オーケ通りというこの国の性へのはけ口、そこに生きる女たちと、そこへ通い詰める権力者の構造こそがまるで世界の構造であるみたいに、デルーカの前に展開してゆく様が、娯楽小説として愉快であり、彼の才気が事件の淀みに鮮やかなメスを入れてゆく様相は、いつものことだ。

 敢えて付け加えれば、ラストの風雲急、といった動きに関しても、これまたいつものことだ。事件そのものの解決を凌駕する、国家の動きの鮮やかさは、作家の中の価値観のそれであるのかもしれない。これで三部作が終わりとは納得がいかない、と思っていたら、なんと、ルカレッリは、当初三部作で予定していた本シリーズの四作目に取り組んでいると聞く。作者の持ち駒である、研究対象の共和国時代、その前後史を描き終えた今、新しい作品がどのような地平に展開されるのか、今から楽しみでたまらない。

(2005.06.19)