白紙委任状 デルーカの事件簿1




題名:白紙委任状 デルーカの事件簿 I
原題:Carta Bianca (1990)
作者:カルロ・ルカレッリ Carlo Lucarelli
訳者:菅谷 誠
発行:柏櫓舎 2005.1.26 初版
価格:\1,429


 札幌で翻訳家・山本光伸氏が起こした小さな出版社・柏櫓舎の存在意義の一つに、新人翻訳家を掘り出すというものがある。本書・菅谷誠氏は柏櫓舎によりデビューした翻訳者であり、本書に先立って数冊の訳書を同社より出版済み。経済学部卒のカメラマンという経歴で、翻訳家としては遅咲きではあるが、イタリアン・ミステリという独自の視点でこのような翻訳が日本に紹介される機会は、このような版元がいて、このような訳者がいなければ存在しないのだと思うと、それなりに貴重である。

 本書はデルーカという捜査官の三部作。何と時代背景が、ファシスト政権国家である共和国時代に設定されている。ムッソリーニ最後の季節に、政治犯相手の党の政治警察部門から異動になったデルーカは、警察の捜査隊長として殺人事件の捜査に乗り出す。しかしその背景には党の明白な意思が存在して、デルーカは誤った捜査方針に立ち向かわねばならないという構図にある。

 ドイツの影響下でイタリアが硬直する中、連合軍が地中海から上陸するという大戦末期のイタリアン・ミステリというだけで、ぼくの中の好奇心はうずいてしまうのだ。

 本編は殺人事件と時代背景とかが密接に連結し合っている。かと言ってフィリップ・カーのベルリン三部作のように私立探偵の反骨を描くでもなく、あくまで時代の走狗でしかない一捜査官の弱みばかりが浮き立っている。感情を見せぬポーカーフェイスでのデルーカの日常は、一個人の太刀打ちしがたい複雑さに色どられ、陰影ゆえの奥行きがこの一冊の本には与えられている。

 作者はもともと共和国時代の現代史の研究家であるらしく、それゆえに殺人捜査という娯楽小説の醍醐味はそのままに、どうしても書かれねばならない時代の活写というところに視点が置かれているらしい。

 刑事の葛藤の中で、事件は真実の光にさらされようとするが、同時に連合軍がポー川を越えたというニュースが飛び込んでくる。三部作のシリーズでありながら、のっけから時代の波が主人公も事件をも津波のように押し流そうとする。次の展開が読めないだけに、追いかけてみたい三部作であると思う。

(2005.01.01)