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ガンマンの伝説


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題名:ガンマンの伝説
原題:Gunman's Rhapsody (2001)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 2001.12.15 初版
価格:\1,900

 どういう意図によりロバート・B・パーカーがこの作品を書いたのかは読み終わった今でもよくわからない。ただしいろいろな特徴がある作品であるということで、パーカーその人に興味があるぼくのような人間には、それなりにいろいろと楽しめる部分はあったりする。どんなところにも楽しみを見出すのが得意なタイプの人種なのである、ぼくは。

 まず『ポットショットの銃弾』はパーカー版『荒野の七人』なのだと作家自らがインタビューで答えているらしき事実。おそらくベースになった黒沢版『七人の侍』ではなく、やはりユル・ブリンナー率いるガンマンたちの活躍する『荒野の七人』なのだろうなあと思う。その『ポットショット……』と連続して地続きのように書いている作品がこの『ガンマンの伝説』。作者は改めてガンマンといったところ、つまり銃とか撃ち合いいったテーマで自作を切り取ってみたかったのかもしれない。

 この『ガンマンの伝説』で、銃器がどのように用いられているかを見ると非常に興味深い。この作品が比較的長い時間軸をスケールに取っている点がパーカーにしては珍しいのだけれど、ワイアット・アープの一家の経済、職業を断片的に描いてゆくことで、その時代の貧しさ、フロンティア生活のハードさを結果的に浮き立たせていること。職業としての保安官という存在があって、殺人をクールに実行できるある種の才能を主人公は持ってゆかねばその職業をまっとうできない。銃撃のシーンは非情であり、どこまでも残酷極まりなく、死が極めて近くにある。銃撃を待つシーンはそれ以上に過酷でタフである。

 このような死の近さは、スペンサーが銃撃されたことで印象深かった作品『悪党』でも感じられた。

 ジェッシィ・ストーン・シリーズの『湖水に消える』では、主人公はある男を冷酷かつ正確に射殺し、その才能を後日客観的に指摘される。銃撃の冷酷さ。審判の呵責なさ。銃をやむなく使うしかない、男たちの選択のなさ。これがアメリカの単純さであるのか。西部開拓史時代を切り取れば、全然ジョン・ウェイン映画のようにはなってはくれないパーカー版ウエスタンのリアルさなのかと思ってしまう。

 これ以上ないほど有名な決闘を敢えて題材に選び、これ以上ないほど有名な主人公を、おおよそ凡人で、しかも残酷際まりない殺人者として描いているような小説をぼくはあまり知らない。ある意味で読者を裏切る小説であり、ある意味、極めて現代的で新しい小説であるのだと思う。

 しかし銀幕でしか通常触れることのないこの時代を文章で表現するということは、一種の力業が必要だったろう。呆気なく収束してゆく結末への加速度はいつものパーカーの伝だったけれど、その呆気なさが逆に不気味でもある。フロンティア時代のアメリカは、暗く、貧しく、おまけに、とことん血腥く、他にはほとんど何もない世界なのであった。