ゴルディオスの結び目




題名:ゴルディオスの結び目
原題:Die Gordische Schleife (1988)
作者:ベルンハルト・シュリンク Bernhard Schlink
訳者:岩淵達治、他
発行:小学館 2003.08.20 初版
価格:\1,714


 ワールド・カップやその他の国際試合でドイツ代表の試合を見ると、とにかく細かいテクニックではなく、気力と体力で闘志を剥き出しにした勝負強さというのが目立つ。ブラジルあたりと対戦すると、片や人間離れした技術力で魅せに魅せるというブラジルに対して、ドイツは常に無骨な力業で勝負を挑み、それでいて結構な戦績を挙げている。

 ベルンハルト・シュリンクがゼルプ・シリーズのようなハードボイルドや本書のような冒険小説に挑むとき、ぼくはやはり、ははあドイツ人だなあ、って微笑んでしまいたくなることが多い。

 本書は共作であった『ゼルプの欺瞞』に続くデビューニ作目、本人にとっては初のソロ・デビューによるエンターテインメント作品である。ゼルプのシリーズのようなドイツ近代史に材を取って現実という海底に碇を下ろしたような作品とは違って、本書はいわゆる国際謀略戦に巻き込まれた主人公の孤独な戦いを描いた小説。私生活を理不尽に脅かされる売れない翻訳家である主人公像は、どちらかと言えばディック・フランシスの主人公らに近いものがある。

 決してプロではなく、アマチュアながら、恋もし、戦いも挑む。痛い目に合いもするけれど、知人のネットワークに頼って、アメリカに渡り、獲物を追う。どことなく情けない文系の主人公が、体育会系の悪党どもから軽くあしらわれながらも、こだわり追跡し、元の生活を取り戻そうとあがく。

 そして正体のわからない女性へのひたすらな恋と情欲。エスピオナージュのようでもあり、スリラーでもあり、謎は堅く結ばれた結び目のようになかなかほどけない。ドイツ人から見た南仏、ニューヨーク、そしてサンフランシスコと、エキゾチックな風物描写が新鮮で、右も左もわからない主人公が、砂の山から一本の針を探し当てるまでの軌跡が、ゼルプほどの深刻さではなく、三人称で滑稽で、どことなく情に目が眩んでいて、おかしい。

 謎を解いてゆき、敵の正体を暴いてゆく過程は見事だけれど、その後の十年以上を費やして書かれることになるゼルプのシリーズの奥行きにはやはり遠く及ばない。文章表現力としても見るべき輝きが随所に点在しながら、どこか習作の範疇を抜けきれていない。この無骨さがゼルプ・シリーズでは消えてゆき、作を追うごとに滑らか担ってゆく様子がよく見えてくる気がする。

 また古い原作のために背景がまだ米ソ冷戦の時代であること、CIAやKGBの戦いが続いている時代であることが、どことなく古めかしい。翻訳がリアルタイムでないために、このあたり少々辛いかもしれない。

(2003/09/28)
最終更新:2009年01月22日 23:30