ゼルプの裁き




題名:ゼルプの裁き
原題:Selps Justis (1987)
作者:ベルンハルト・シュリンク & ヴァルター・ポップ Bernharf Schlink & Walter Popp
訳者:岩淵達治、他
発行:小学館 2002.06.20 初版
価格:\1900

 ドイツでは犯罪小説やミステリのことをクリミと呼ぶそうである。アメリカでいうクライムのことかもしれない。驚いたことに、『朗読者』で世界的ベストセラーになった作家ベルンハルト・シュリンクは、実はそのずっと以前からクリミ作家であった。本書はその中でもシリーズ化している私立探偵ゼルプの第一弾。しかも奇妙なことに、本書だけはヴァルター・ポップとの共著。

クリミ作家であるベルンハルト・シュリンクは、『朗読者』でその文学性を世に提示したあの淡々としたシュリンクに比べると、ずっと饒舌で、ユーモラスだ。主人公ゼルプは、いわゆるハードボイルド・スタンダードともいえる私立探偵であり、マーローやスペンサーに繋がるところが大いに見られる。

もちろん決定的に違うのは舞台となる国である。東西統合前の西ドイツ。しかも主人公ゼルプは1945年の敗戦までの時期をかつて検事として、またナチ党員として送っていたというとんでもない設定。戦後、価値観が逆転し、ゼルプ自身の洗脳も国民的に解けてゆき、彼はその後の機会にも検事に戻ることなく、自己嗜虐の苦みを噛み締めつつ私立探偵業を開業している。何とも取りつきにくい立場だ。

相当の年配者であり、持病のリウマチを抱え、無理な体力は使えないながらも、若かりし頃のように恋を求めたり、流行りのマドンナを聴いたり、映画ビデオをチェックする。劇場では『フラッシュダンス』を観るほどに気が若い。かくも内面は文化的だが、過去の罪が時折顔を覗かせるたびに、ゼルプは宿酔いに身を任せ、ひどい日々を送ることになる。

 実に風変わりな探偵であるが、基調音はノスタルジックなまでのハードボイルド。三部構成になっており、一部がもっともスタンダードな探偵中編小説のように完結しているかに見える。しかし二部以降、さらに真相の向こう側にある暗渠の大きさが徐々に広がってゆき、ついにはナチ支配時代のユダヤ人科学者たちの問題を通じて、探偵自身の記憶にまで根が繋がってゆくところが、アメリカ小説にはない暗黒の深さを感じさせる。

処理しようのない過去をどうにかやりくりしたり欺瞞で固めたりしてやりくりしている人々の「今」。真実の見え隠れという部分では、後の作品『朗読者』に繋がるテーマを既にこの時点で抱え込んでいる。それでいながら、水面上ではあくまで軽妙なハードボイルドと、文化的な探偵の日常生活とが淡々と描かれてゆく。タッチは『朗読者』よりも遥かにクリミそのものであり、読みやすく、取っ付きやすい。

しかし全体を通してやはり理解し難いのが、彼らそれぞれの過去の清算の仕方についてである。ドイツ現代小説ならではの抱える問題である。同時にそれは、クリミと戦争犯罪との落差が同じ一つところに共存してしまう戦後ドイツ的世界が持つ座りの悪さのようなものであるのかもしれない。

(2003/05/05)