昨日




題名:昨日
原題:Hier (1995)
作者:Agota Kristof
訳者:堀茂樹
発行:早川書房 1995.11.30 初版
価格:\1,600


 待ちに待った長編第四作。これまでの悪童シリーズから離れた初めての一冊。

 形は恋愛小説だが、主題は亡命者の祖国喪失。全く言語の違う国に突然ある一日を境に生活を始めなければならないことの不安定感というのは、想像を絶する。この作品と巻末の作者の来日時の講演内容とは、上の不安定感を表現する好一対になっていて、アゴタ・クリストフという作家の特異さをこれまでの悪童シリーズとは異なった形で見せてくれている気がする。

 この本で顕著なのは、抽象の多さ。これまでの具体的な描写に終始してきた作品群とは少し異なる、散文詩的な印象である。これに具体的な縦のストーリーが絡み合って、時間のねじを巻いてゆく作者の無常感が、いつもの舌足らずの表現を、かえって深めている。

 どうしてこれほど独自でこれほど心惹く文体がこの世にあるのだろう。異国の言葉で書くということについては、やはり巻末の講演内容に語られていて、実に興味深い。

(1995.12.16)

 ディック さん。

 お察しの通り一概に言えないんです。面白いから読めとも言えない(^^;)

 まあ二百ページに満たない大きめの活字本なので、これまでの三部作を楽しんだ方には読んでみてくださいとしか言い様がないですね。

 なにしろ今までにない種類の小説ですし、恋愛小説としても美しいのですが、やはりアゴタはアゴタであります。アゴタ・ファンはぜひ手に取ってくださいませ。

(1995.12.16)
最終更新:2009年01月19日 00:57