第三の嘘




題名:第三の嘘
原題:LE TROISIEME MENSONGE (1991)
著者:AGOTA KRISTOF
訳者:堀茂樹
発行:早川書房 1992.6.15 初版
定価:\1,600(本体\1,553)


 フランス語というのは時制や人称がとてもはっきりしていて淀みや曖昧さのない言語だから、ハードボイルドの文体というのが英米語に較べて非常に取りやすい言葉であるかもしれない。特に本シリーズのように完全な現在形と人称の形に重きを置いた文体で作品を貫こうとする場合にはましてや有効であろう。そんな文体と作品そのものの空気を解け合わせることができたのは、まさに作者の希有としかいいようのない才能ゆえであろうけれども。

 さて本書を一作二作と比較してどうこう言おうとはぼくは思わない。ましてや4作目が生まれるかどうかなんで話題にもぼくはおそらくは加わらない。理屈で本書の素晴らしさを落としめるくらいなら、最初からこの作者の新作に手を出さない。デビュー作限りの作者であり才能であったともとても思えない。切り口は三作とも違い、作者は書くことの衝動を思う存分楽しんでいるとも思う。そしてぼくはその通りに異なる切り口を楽しみ、読む。それだけである。

 この作者の本と直面しているときぼくが得るのは、読書自体の持つ至福感にほかならない。本とはこんなにも素晴らしいものか、と思う。人間の感性とはこれほどまでに奥行きのあるものなのか、とも思う。そして言葉の魔力。虚構と真実の向こうに垣間見られる永遠のもの。愛と憎悪とを背景にしてこれほどまでにも砥ぎ澄まされる<孤独>とはなんであろうか?

 この本が話題作であるにも関わらず、あまり感想として書かれにくいのは、作品がそして作者も読者もがあまりにも多くの多面体であるからではないだろうか?

 とにかくアゴタ・クリストフ作品の魅力にいつもながら、今回もぼくはただ敬意を評しておきます。

(1992.07.02)
最終更新:2009年01月19日 00:54