ふたりの証拠



題名:ふたりの証拠
原題:LA PREUVE ,1988
作者:AGOTA KRISTOF
訳者:堀茂樹
発行:早川書房 1991.11.15 初版
定価:\1,600(本体\1,553)

 前作『悪童日記』で断裁されたそのラスト・シーンからいきなり連続してゆく物語。前作の衝撃のラストを衝撃たらしめるためにこの本の内容をあまり詳しく書いてしまうことはできないし、構成そのものについてもあまり言及してはいけないだろう。ただこれだけは言えるのだが、この本もかなりの衝撃的な作である。むしろ見方によってはこの本のほうがミステリアスな色合いを強めている。

 本書は前作とはがらりと変わった点がある。ひとつには前作の無名性が部分的になくなったということ。地名・国名の曖昧さはそのままだが登場人物に名前が与えられ、そして三人称単数の文体に切り替えられている。また時間は前作にも増して強烈なスピードで過ぎてゆき、その時間の経過がぼくの眼に慣れないし、またも一ページ先の展開が全然読めない作品となっている。

 前作がナチスドイツ占領下であり、作者の体験に基いた疎開先での幼児期をメインに描いていたのに比して、本作はソビエト連邦の政治経済圏に組み込まれ、やはり同じように自立ができなくなっているハンガリーの、暗い、密告に満ちた世界が背景となっている。国境に近いということも作品世界にある種の緊迫を与えている。

 前作に増して個性ある人物たちが主人公のまわりに登場し、彼らのエピソードのひとつひとつがなにかドストエフスキー的な極限世界を思わせるほどの小宇宙を形成している。そうしたイメージ世界はこの作者の奇異な才能を窺わせる。

 文体は三人称であるにも関わらず前作を引き継いでいるが、この文体自体が巧妙でトリッキーでミステリアスであり、またもや衝撃的なラストへつながり、タイトルの謎にもつながってゆく。また徹底した現在形の文体はなんとなく無気味で背筋に一筋の恐怖を走らせる。とても世界を不安定なものに感じさせられる作品である。

 本作を独立して読むことは全く薦められない。『悪童日記』から読むべきであろうし、第三作『第三の嘘』がこれほど待望される第二作というのも、ひどく珍しいのではないだろうか。

(1992.12.11)