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ファミリー・ポートレイト





題名:ファミリー・ポートレイト
作者:桜庭一樹
発行:講談社 2008.11.20 初版
価格:\1,700



 出た! って、感じの、銃口桜庭ワールド。「重厚」って書こうと思ったところ誤変換してしまったのだが、むしろこのままでいいような……。

 まさに読者に向けられた銃口を覗いているような作品……だから。

 まずはこの1000枚の大作が書き下ろしであることが嬉しい。この本を出すために書いたのだという小説は、雑誌刊行の都度、途中発表を余儀なくされる長篇小説が多い中で、とても読者のために誠実であるように感じられるからだ。そしてこの手の集中力を要する作品は、作品そのものの創作過程のためにこのような書き下ろしという形態が最良である。

 それゆえに生まれるアンバランスさ、作者の側の自由度というものが何よりも嬉しい。自然体、という言葉が感じられる。書きたいものだけを書く。作家にとってとても必要なことであり、経済や流通というシステムによって過度に蹂躙されていない透明さを感じさせられてしまう。

 本書は、二部構成なのだが、もしかして、二冊の本に分けても良かったのじゃないかと思えるくらい、一部は単独での完成度が高い。母と一緒に逃げ出し、戸籍のない名前で、学校にも行かず、暗闇で育つ少女の物語。移り住む場所で追っ手が現れれば、母子は汽車に乗って他の町に移動する。そこがどんな町なのかもわからないまま、少女にとっての世界が一枚一枚、リセットボタンを押したデジタル紙芝居みたいに過度な変容を遂げる。

 その一つ一つの夢見るような日々が、少女によって語られる。少女の過敏で、それでいてオブラートにくるまれた曖昧な世界。心が傷つけられることを本能が防御し、霞をかけ、幸せだけが篩いにかけられて記憶を育ててゆく。なんて悲しいサバイバル小説なんだろう。

 二部では少女から女へと脱皮した主人公が、一部の物語といかに共生してゆくかを物語るような遍歴の物語だ。だから二部はどうしたって必要だし、見なければ気がすまないような部分である。でも二部を作っているのはやはり一部だから。そうぼくらの現在を作っているのは、少年少女時代の親との愛情の物語か、あるいは愛情の欠落の物語かのどちらかなのだろう。

 一部は、映画『砂の器』が見せた華麗なるクライマックスである親子巡礼の旅を思い起こさせる。追われた親子が次々と訪れる異郷、様々な季節への漂泊。

 二部は、桜庭のライトノヴェル『赤×ピンク』を思い起こさせる。奇妙な真夜中の学校。夜毎、集まるスポイルアウトされたような青春群像。男のように強く、格闘家のようにしなやかでスレンダーな元少女。彼女は少年のように青春を賭ける。めくるめく都市の夜話たち。

 桜庭は、またも華麗で美しく、怖くて残虐な少女たちの世界を構築してみせた。『赤朽葉家の伝説』『私の男』に続く家族を軸にした、独特の世界観が、最大のスケールで展開した。まさに渾身の最高傑作、と言っていい作品である。

(2008/12/23)