奇跡のタッチダウン





題名:奇跡のタッチダウン 報酬はピッツァとワインで 上/下
原題:Playing For Pizza (2007)
作者:ジョン・グリシャム John Grisham
訳者:白石 朗
発行:ゴマブックス 2008.10.10 初版
価格:各\1,800

 グリシャムの旺盛な執筆活動がすっかり復活した観がある。ここのところ立て続けに、翻訳も進んでおり、翻訳者の白石朗氏の旺盛かつ質の高い仕事ぶりにも本当に感心させられるばかり。

 本来リーガル・サスペンスの巨匠として売れっ子ぶりが注目されたこの作家、頂点を極めたとの印象が強いところで、ぐっと急ブレーキを踏み込んだ。翻訳小説としてしばらく読者の目の前から姿を消していた。ぼくの場合、訳者未詳の超訳といういい加減な仕事に関してははカウントしないので、悪しからず。

 頂点を極めたところで発表したのが2001年の『ペインテッド・ハウス』なのだが、これはミステリではなく、少年を主人公に、南部を舞台にしたいわゆる映画『プレイス・イン・ザ・ハート』のようなノスタルジーたっぷりの追憶小説であった。リーガル・サスペンスが描かれやすい都会から離れ、こうした田園を舞台にした雄々しい物語を描くことができるところに、グリシャムの素晴らしさがあるのである。

 スティーヴン・キングが『スタンバイ・ミー』を、ロバート・マキャモンが『少年時代』を、ジョー・R・ランズデール『ボトムズ』を書いたように、売れっ子作家たちにも少年時代の夢多き物語が心の真ん中にしまってあるのだろう。とりわけトム・ソーヤーやハックルベリー・フィンが活躍した南部の作家たちの心に描かれた大人たちの複雑な社会を見つめる純真な眼差しは、アメリカの小説にはなくてはならないものだ。綿花畑の季節労働に訪れる黒人たち、金鉱や石油で一攫千金を目指そうと流れてくる山師たち、廃屋、過酷なまでの自然、すべてが子供たちの目には斬新であったのだろう。

 そうしたアメリカの原点小説のような『ペインテッドハウス』のその後、グリシャムは『大統領特赦』『最後の陪審員』などでリーガル・ミステリ界に復活を遂げたが、その間を縫うようにして、『スキッピング・クリスマス』という心和む掌編、極めて重たいノンフィクション『無実』、そして、イタリア取材の折に当地で接したアメリカン・フットボール・リーグを題材に、本書を書いたのだ。スリラーの世界では飽き足らなくなってきたグリシャムが徐々に、世界から与えられた枠組みを抜け出そうとしているかに見える。

 本書はパルマを舞台にしたアメフト・チームの話だ。NBCで大きな失敗をしでかし首を切られたクォーターバックが、あまり人気はないがイタリアでも細々と続けられているアメフトリーグに雇用され、ここでさまざまな人間や文化と出くわし、さまざまな苦労をチームメイトとともにしながらも、人間としての誇りの復権を遂げるまでの話だ。

 出来損ないのスポーツ選手と弱小チームという要素が組み合わされてある大舞台へと物語が走り出せば、スポーツ小説は大抵いい感じでの完成を見るのかもしれない。そして弱小チームには必ず助っ人の存在がある。『瀬戸内少年野球団』だって『がんばれベアーズ』だって『スラップショット』だって、思いがけない助っ人がチームに入り、チームとの軋轢や不慣れなことによる温度差から抜け出し、試合を通して徐々にチームメイトたちとフィットしてゆき、最後には栄光を勝ち取り、プライドを取り戻す。そういう風に相場は決まっている。なのに、何度でもぼくらはこうした物語や映画見るために、図書館や映画館に足を運んでしまう。つきなみなようだが、スポーツには人生の縮図が見える。

 本書の特徴は、何と言ってもイタリアの文化、パルマという美しい土地の、古典建築、文化、食事、音楽、人間などなどだろう。アメリカ人が書いたパルマの小説だからこそ驚きと発見に満ちており、そこで言葉を超えた人間同士の絆が紡がれてゆく経緯は、肩に力が入っていないナチュラルな、とてもテンポのいい文章で語られる。

 出来損ないの無骨な主人公が、チームメイトたちを好きになり、パルマを好きになってゆくまでの小説、と書いてしまっても間違ってはいないだろう。そのくらい人間らしさの横溢した心温まる小説である。これが、あのグリシャム? といわれなければわからないくらいに別の方向性を向いていながら、ページを繰る手が止まらない自分に気づき、改めて、あ、やっぱりグリシャムじゃないか、と肯く。そんな信頼感に満ちた佳品です。

(2008/12/07)
最終更新:2008年12月14日 22:29