ロスト・エコー




題名:ロスト・エコー
原題:Lost Echo (2007)
作者:ジョー・R・ランズデール Joe R. Lansdale
訳者:北野寿美枝
発行:ハヤカワ文庫HM 2008.5.15 初刷
価格:\840


 ランズデールの新作なんて、何年ぶりだろうか? 『サンセットヒート』以来、何と4年ぶりの日本お目見えである。角川文庫のハップとレナードのシリーズ以来、ハヤカワが『ボトムズ』で大当たりして、その後、多くの海外作家同様に、底冷えを味わってきた感がある。しかしランズデールの小説がどうにかなってしまったという気配は微塵もなく、固定ファンをたっぷりと蓄えた形で、まるで勿体をつけるように日本の書店から徐々に姿を消し、そうして忘れられようとしているのだ。

 その矢先、ハヤカワとしても時間を置きすぎたのだろう、今度は文庫版という理想的な形で、ランズデールはこともあろうに世界不況の年に甦った。ランズデールのB級的味わいは、やはり文庫本の方がしっくりすると思うのは、おそらくぼくだけではあるまい。

 もともとランズデールの魅力は、稀代のストーリング・テリングにあるのだが、本書の面白みは、主人公の身に起こった霊能力にある、と言っていい。霊能力と聞いただけで、ファンタジーか、すわSFか、と現実路線読者のぼくなどは及び腰になってしまいがちなのだが、ランズデールの場合、もともとがホラー系の入った作家であることがわかっている上、そのホラーも現実との折り合いを取れる形でバランスを失い切らない危うさの上で均衡させるところも信頼している。だから、霊能力、って辺りでびびってはいられないのだ。

 確かに主人公は、幼少時に高熱体験をして、死に損ない、聴覚を半分くらい失う。その代わりに、暴力や怨嗟の痕跡が残る物質に近寄り、何らかの音をキャッチしてしまうと、過去のバイオレンスなシーンが目の前に甦ってしまうのだ。それを受け止めて平然としているのではなく、われらが小心者君は、必ずと言っていいほどその血腥いイメージに神経をやられてぶっ倒れてしまう。時にはそれが命を奪うほど体調に異変を来たし……。

 そんな彼の悩める半生を小説前半では、青春ドラマのタッチで描いてゆく。思い通りにならないばかりか、何となく釈然としない半生だからこそ、友人やガールフレンドとの軋轢に悩み、くねくねと何となく情けなく彼の日常生活は続いてゆく。

 ランズデールの青春小説、キッズ小説に必ず登場するように、近隣で起こった殺人事件が、彼らの好奇心に黒い影を投げかけ、彼らはどきどきするもの、おどろおどろしいものに近寄っては、心を恐怖で震わせる。

 その彼らが成長に伴い、ホンモノの暴力の影響下に晒される時、われらが小心ヒーロー君は捜査に協力をし、ガールフレンドは頼り甲斐のある警察官となって戻ってくる。前半の長々と続いた青春小説の部分は、彼らが成長を遂げて、彼ら自身に立ちはだかる問題を自らの力で打ち破ってゆくことのために、敢えてあんなにディテールで、ディープに描かれていたんだということが、やがて読者の中でわかってゆく。

 本を読み終わる頃には、いろいろなことがほぐれてきて、どこか奇怪だが、ユーモラスきわまりない庶民たちの強靭さが、嬉しくなる。弱者から出発して、傷だらけのハートを持て余し、悩み抜き、そして問題に立ち向かう。一見、鬼才としか見えないこの作者の魅力が、実にストレートなヒューマニズムとロマンに満ち溢れたものであることが、なぜかいつも意外に思える。ランズデールにしか絶対に書けない、心温まるホラー・ミステリーだ。

(2008/11/30)
最終更新:2008年11月30日 17:40