犯罪小説家





題名:犯罪小説家
作者:誉田哲也
発行:双葉社 2008.10.05 初版
価格:\1,500



 クライム作家が文芸大賞を受賞するところから始まる作家の楽屋落ちの話のように、本書は始まる。受賞作品『凍て鶴』は映画化の話が進み、そこで奇妙にマイペースな脚本家が登場、作家の生活を掻きまわし始めるのだが、まだどこにミステリが存在するのか、なかなかわからない。

 そもそも、この本はミステリではないのだろうか?

 そんな疑いを感じ始めた矢先、作家の住む町の公園の池で数年前に上がった美女の死体が話題になってゆく。映画化するに当たって、あの死んだ美女を強引に作品につなげようという意欲を、脚本家で持ち前のマイペースで示し始めるのだ。

 池に浮かんだ死美人は、かつて集団自殺をネットで幇助していたグループのリーダーであった。その集団は既に解散し、司法の手も届かないまま、未解決な自殺事件として片付けられてしまっていた。その当時の事件を調べていた刑事や、この集団を調べ本を出していた女性フリーライターなどが、途中から、本書の主役と入れ替わってゆくような奇妙な中盤。

 死んだ美女や、謎の自殺集団の幹部たち(生きている者、死んでしまった者)の足跡を辿る旅が始まる。しかしこの作品のタイトル『犯罪小説家』から、メイン・ストーリーが離れすぎてやしないか、との疑念を常に頭の片隅に残しながら……。  雫井脩介という作家は、最近、非常に感性度の高い小説を書いているように思う。そればかりでなく、ハードルの高い小説にチャレンジしているところも目立つ。まだ東野圭吾のような多彩振りを発揮してはいないが、あのレベルでの高さを維持しつつ、東野圭吾以上に、ミステリにこだわらぬ桁外れなジャンルで、読者を虜にするような奇才ぶりを発揮し始めている。

『犯人に告ぐ』も『クローズド・ノート』も映画になったが、二つは違う観客層をそれぞれ引き寄せたのだと思う。しかしこと小説家としては、ぼくは雫井脩介という作家は追跡したい筆頭の若手作家である。一つには小説としての気品を保った文章の技量であり、若い感性をそこに落とし込んだ、人間的なドラマ作りでもある。現代という背景をしっかりと掴んだセンスある書きっぷりにも敬服するばかりである。

 本書は、集団自殺を通して、人間が死の方向に向ってゆく弱さや過敏さのようなものを、どこか感傷的に描いてさえいる。死んでいった者たちの絶望や、虚ろを、生にしがみつく者の貪欲なまでの醜悪さと対比して描いているようにさえ見えるのだが、それは、クローズド・ノートで死んでいった女性教師への生きる側から見た憧憬に近い美学的見地と言えるものなのかもしれない。

 若い歳、純粋を求めて死んでゆく夭折者たちの系譜が、誰の人生にもあると思う。純粋ゆえに死んでゆくものは弱さでもあり、先に続く生への幻滅でもあるだろう。そうした暗闇が残された生者たちを引き裂くことも知らず、死者たちは清冽な水辺へと誘われてゆく。損傷された屍体は醜いものだが、それすら美化しようとして蠢く集団たちの意思が奇妙な事件を作り出してしまう。

 最後の最後になって、本書のタイトルがストーリーにしっかりと戻ってくる。洒落た終章を閉じる時に、やはりこの作家の手になる小説の完成度は、相変わらず高いと実感した。並みの作家にはできない曲芸をやってしまうのである、この作家は。読者をある意味で唸らせる作品と言っていいだろう。

(2008/10/26)
最終更新:2008年10月27日 00:29