暗い海 深い霧  高城 高全集 3





題名:暗い海 深い霧  高城 高全集 3
作者:高城 高
発行:創元推理文庫 2008.08.29 初版
価格:\900



 1955年デビューし、1970年以降は本業のジャーナリストとして生きるため小説の筆を折ったという伝説の作家・高城高。大藪春彦よりも少し前の時代において、真にハードボイルドの創始者であった作家こそこの人であったのではなかろうか。
 レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドを愛読し、一方で、地方新聞社の記者として釧路支局に生きた時期、本書は、その実地体験を活かしに活かしての道東を舞台にした短編集である。

 1956年生まれのぼくは、生まれた時代のことよりも自分が社会に興味を持ち始めた時代、文化に接し始めた頃の方がよほど詳しくこだわりをもっている。自分の生まれた時代の、さらに道東を舞台にした極めて特殊な小説集を手に取ったとき、その時代もその土地も、何故か素材としてとりわけ新鮮に感じられてならなかったのは、まさしく己の無知ゆえだったろうと、今さらながらに痛感する。

 この時期、まだ戦後を引きずっており、高度経済成長の前段階とでもいうべき時期、占領が解けたばかりの国家で、それでも戦勝国によるコントロールが日本の政治に強い影響力を持っていた時期、そして何よりも日米冷戦による世界緊張が東西国境の一角を成していた北海道という場所、これらがこれほどまでに豊富な素材をこの作家に用意してくれたのだ。

 とりわけ表題作『暗い海 深い霧』は、新聞社釧路支局を舞台に、ハードボイルド風に展開しつつ、エスピオナージュの冒険小説という色合いを呈してゆく。さらに他の小説も謎解きの要素、どんでん返しの面白さという醍醐味は残しつつも、いわゆる推理小説ではなく、冒険小説的色合いが非常に強いのである。

 一つにはやはり釧路、根室、網走といった地方都市の抱える貧困や、国境としての国際的位置づけ、流れてくる者たちの逃亡の地、流刑の地、地方だからと安易に行われる重犯罪、死体をどこにでも始末できそうなゆえに容易に起こってしまう殺人、といった要素もあろうかと思われる。

 しかし、この作品集には、スコット・ウォルヴンの『北東の大地、逃亡の西』とも通じる、地方ならではの荒涼とした痩せた土地、厳しい自然がもたらす圧倒的な貧困感が、重低音となって全体に響き続けているのだ。

 もちろん戦争で覚えた暴力がまだ持ち込まれているその時代背景ということもあるだろう。しかしそれ以上に、地方にまで及んでいる戦後の混乱期、一気に一攫千金を狙おうと欲望に溺れ、破滅へ向ってゆく者たちの儚さのようなものが、淡々と描かれているのを見ると、今の時代にはないこの時代の作家しか書き得ないリアリズムのようなものをどうしても感じざるを得ない。

 今と少しも変わらぬ土地の描写があり、随分と異なるその時代ならではの北海道の空気を嗅ぎ取ることもあり。北海道が生んだ古い作家の、少しも古く感じられない正統派ハードボイルド&ノワールな作風に、まずは一気に魅せられてしまったことだけは白状しておこうと思う。

(2008/10/19)
最終更新:2008年10月19日 22:58