ホワイト・シャドウ


amazon plugin Error : amazonから画像データを取得できませんでした。時間をおいて再度実行してください。また、image=(画像URL)パラメーターを利用することで、画像データを取得せず表示することができます。
題名:ホワイト・シャドウ
原題:White Shadow (2006)
作者:エース・アトキンス Ace Atkins
訳者:熊谷千寿
発行:ランダムハウス講談社文庫 2008.08.10 初版
価格:\950


 ミシシッピの大学で南部音楽史の教鞭を取る元プロフットボーラー、ニック・トラヴァースのシリーズで既に二作の翻訳がされているが、日本では相変わらずほとんど知られていないであろう実力派ノワール作家として、エース・アトキンスの名をホンモノにする作品は、もしかしたら本書かもしれない。

 少なくとも一人称で進行させるシリーズとはリズムやテンポを大きく変えて、他視点による錯綜した都会の暗黒分野を描き出そうと、現実の迷宮入り事件に材を取って、まさにエルロイのロス暗黒史以来の充実を見せつけてくれる本格ノワールとして、完成度の高さが伺われる大作なのである。

 一人称の回想型叙述を司るのは地元ジャーナリストであり、さらに事件の真相に突き進むためにはルールや組織の規定を厭わない熱血刑事エド・ドッジの章が魅力的である。彼らには彼らの個別の物語があり、恋や愛があり、それ以上に憎悪があり、事件との関わりを強く持つ何ものかがあり、それは事件の謎解きそのもの以上に興味深いほどである。  事件そのものは引退した老マフィアが惨殺されたことから始まる。彼の名はチャーリー・ウォール。舞台はフロリダ州タンバ。キューバで新たなビジネスを準備するシチリア系マフィアのボス、サント・トラフィカンテと、キューバ当局から追われているらしい謎の娘ルクレツィアなども絡み、物語はなかなか全容を見せようとしない。

 しかも濃厚なまでのタンパの夜の香りが強く深く立ち込めるページの中で、語り手のL・B・ターナーやエド・ドッジらは、酒と女と暴力の狭間をかいくぐり真実に徐々に近づいてゆく。猥雑な街を表現し、1950年代という時代を表現する。

 小説の中ではFBI創設前のジョン・エドガー・フーバーがちょい役ながら存在感をアピールし、さらにラスト近くではフェデル・カストロが台頭し、さらにチェ・ゲバラの影までも。まさにキューバ革命前夜。キューバに賭けた政治家やギャングの急転翻弄される運命を尻目に、金と欲に眼をくらませた魑魅魍魎たちが蠢く裏社会である。

 プロットも描写もすべてにおいてスケールが大きく、密度が濃く、そして難物とでも言いたくなるほどの精緻な描写が、あの時代に生きた人々の魂を浮き彫りにしてゆく。時代を街を活写してくれる。

 作者は音楽に造詣が深いようで、街のどこを歩いても至るところで音楽が鳴っており、アルコールや紫煙が、彼らの脳髄を麻痺させる。それらはまるでキャラクターたちの心象風景のようでさえある。古い時代の濃密な暗黒史にまた新たな一ページが加わった観のある、凄まじいエネルギーを秘めた傑作である。

(2008/10/19)