束縛



題名:束縛
原題:Shrink Rap (2002)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:奥村章子
発行:ハヤカワ文庫HM 2003.4.15 初版
価格:\760

 パーカーが女の生き方を描くことへの違和感はまだ解けないのだけれど、そうした理屈とは裏腹にこのシリーズをぼくは意外に面白く読んでいる。ある意味とてもアメリカ的で、女性は探偵という男勝りの職業であることを意識しつつ、エディプス・コンプレックスを自らに疑いつつ、家族、ダイエット、ファッションというすべてにこだわりをちゃんと持ちながら普通に営む。もちろん全編を貫いてサニー・ランドルが最も心を注ぐのは目下、宙吊り状態の離婚した相手との恋愛生活であり、新しい恋人への期待や懐疑でもある。

 とにかくそうしたすべてをパーカーが描く。スペンサーとは見る立場をまるで変えて。鏡の反対方向から見つめるみたいに。だから違和感がありつつも、シリーズの面白さ、読みやすさ、楽しさ、そうしたものはパーカーの他の作品そのままに保証されていて、それが奇妙だ。

 本書では、とりわけアメリカ的であり、スペンサーのシリーズでも欠かさないところの精神分析医の犯罪が取り上げられていて、またもスペンサーの世界とどこか深いところでリンクして見える。犯罪そのものはプリミティブでシンプルで、凶悪そのもので、まるでディック・フランシスのシリーズの悪党どものように類型的である。犯罪の解決や謎解きよりも、最初に並べた女性の恋愛、性、生活、絆、友人、そうしたものとのやりとりの方が、本書を楽しむ醍醐味になってしまっている。

 そんな普通であればどうでもいいような事柄が、普通に活写されること。それがパーカーという作家の持ち味であり、これが駄目な読者にとってはパーカーそのものは価値なき作家として切り捨てられざるを得ないものなのかもしれない。

 パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズにしたところで、検屍官という職業やサイコパスたちとの戦いが売り物なのかと問われれば、ぼくは違うと答えたい。普段ミステリーを読まない女性たちに受け入れられ、ベストセラー・シリーズとなった検屍官ケイ・スカーペッタのシリーズは実は職業を持った女性を通して活写される彼女の煩悶多き日常生活、恋愛生活のほうが人気の原因なのだと思っている。同じ観点で書かれているのが、実はこのサニー・ランドル・シリーズであるという気がしている。パーカーは元々そちらの切り口がうまい書き手であるし、実際のところこのシリーズにおいて成功させているかに見える。

 菊池光の独自な翻訳を通してばかりでなく、こうした平易でよりナチュラルな日本文で訳される本シリーズには、さらにとっつきやすさがあるし、ぼくは誰にでも無難に勧めることのできる安定を感じている。図抜けた凄味もない代わりに、スパイクやリー・ファレルといった実にアメリカ的な魅力とステイタスを有した脇役陣はやはり魅力的で、また会いたい人物だ。ヤクザの元締めであるフェリックス叔父貴が今回は登場しなかったのだが、いつも力強い味方に恵まれて、決して孤独ではないところなどは、スペンサーとのやはり共通したシリーズの魅力でありほっとするところでもあると思う。
最終更新:2006年12月10日 21:39