訣別の森





題名:訣別の森
作者:末浦広海
発行:講談社 2008.08.06 初版
価格:\1,600



 ここ5年くらい、江戸川乱歩賞受賞作品を追いかけることをしていなかった。受賞作のレベルが少し落ちてきたのではないかという声が囁かれたこともあるが、正直自分の側に新人作家を迎え入れるだけの余裕がない、ということもあるのかと、自省してみることのほうが正解だろう。

 今年の乱歩賞は二作が受賞ということになった。書店で手に取った限りでは二作ともが魅力的な題材と感じた。北海道を舞台にしたミステリーなら何でも、というわけではないが、北海道人としてのぼくは、つい地元びいきになりがちである。いや、むしろ北海道に在住する前から、このロマン多き土地を舞台にしたエンターテインメント作品に惹かれ続けていたと言っていい。

 本書は、知床を舞台に、環境問題を絡めたミステリーであり、主人公はドクターヘリのパイロットである。それだけで十分にぼくを引き止めるものがあるのだ。知床はかつて憧れて登った山であり、世界遺産に登録されて自然環境に関しても様変わりしたと言う。さらにドクターヘリは、導入が始まった時期、まさに自分の仕事に絡んでもいた。

 自衛隊上がりのわけありのパイロットが、山中に墜落ヘリを発見し、救い出した女性パイロットはかつての部下であった、という導入部から、空、山、オオカミといったロマン溢れる題材を駆使しつつミステリーを進めて行く語り口は、決して流暢ではなく、文章に堅苦しさを感じさせるものの、冒険小説の王道を求めようとする作者の壮大な心意気が随所に垣間見られる。

 人間関係の葛藤がいくつかミステリの題材として取り上げられているように思うが、男女の機微の部分、親子の関係の部分など、自分の感覚とはそぐわない部分が多々あって感情移入にまでは至らないが、ドクターヘリのパイロットという斬新なヒーローは、それなりに頑なで正義感に溢れ、男女の距離感に少しだけ疎いあたりは好感が持てた。

 北見市の民間病院がドクターヘリの基地となっているが、世の中のこんなところで運航できるのであれば、救急医療も現実の10年先を行けることだろう。実際のドクターヘリは、一号機が札幌にあり、現在近い将来の目標として、道内二機目の導入案が上がっているらしい。北見の病院からは、ドクターヘリどころか一般の診療科ドクターらまでが、大学病院に戻されてしまい、医療過疎の問題が大きく浮上している、といったところが現実である。

 また、この小説の見どころとして、オオカミの他に、北海道犬、ドーベルマンなどが知床の山中に展開する。それぞれが目論見を持って生きようという山の中で、ドーベルマンだけが闘うサイボーグのような印象であり、オオカミと北海道犬たちは、まるで南極物語の犬たちのように、性格を持たされており、神格化されてさえいるような気がする。

 自然や動物が好きな読者であれば、かなりの収穫が期待できるエンターテインメントではなかろうか。二作目が難しいだろうと思われるほど、魅力的なテーマがてんこ盛りになった小説であった。オススメである。

(2008/09/07)
最終更新:2008年09月08日 00:22